第45話
期末試験一日目も無事終了して、俺は急いで家へと帰宅していた。
これから夏の本番である八月が待ち伏せていると言うのに、地球の温暖化は無情にも進んでおり、日を跨ぐごとに暑さが増している。
そんな猛暑の中、走る俺の身体は着水したかの様に全身汗でびしょ濡れだ。
しかしそれでも俺は全速力で家へと駆ける。
「……何がメイド喫茶だ、そんなの許す訳ないだろおぉぉがあぁぁ!」
雲一つ見当たらない青空の下、アスファルトの大地を駆ける俺は、咆哮の様にそう叫んだ。
◇ ◇ ◇
部屋についた俺は勢い良く扉を開いて中へと入る。
学生靴を乱暴に脱ぎ捨てたら、俺は居間にある円卓付近に倒れ込む。
「ぜぇ……はぁ……」
「お帰りなさい、随分とお疲れのようね」
「誰のせいだ……誰の」
フローリングに倒れ込む俺は、円卓に座る麗奈に向けてそう言い放つ。
そんな麗奈はこちらには一瞥もせず、お手本ととなるような美しいフォームで自習を続ける。
俺は息を整えたら、かりかりとシャーペンを走らせている麗奈の対面側に腰を下ろして話を続ける。
「それで、さっきのは何なんだよ?」
「周囲の雑音に目もくれず、ただ直向きに試験勉強に取り込む、美少女優等生の姿よ」
「そっちじゃない……メールの方だ」
何が美少女優等生だ、そんなものは言われなくとも知っている。
俺の問いかけに、麗奈は利き手に握られていたシャーペンをノートの上に置いて手を止めた。
そして円卓を挟んだ俺に、その美しい碧眼を向けて答える。
「文字通りの意味なのだけれど?」
「だったら今ここで返事をしてやる、駄目だ」
「どうしてかしら?」
何が駄目なのか、どうしてNOなのか、俺の答えを全く理解できていない顔を麗奈は見せる。
そんな麗奈に、俺はメイド喫茶の仕事内容を語ってみせた。
「いいか、メイド喫茶ってのはメイド姿で客に様々なサービスを提供する所だ」
「それは知っているわ」
「基本は接客だろうが、しかし喫茶と言うからには勿論調理もある。ビジュアルだけで言えばお前は合格かも知れないが、調理に回ったら最悪人が倒れる」
「温厚な私でも流石にキレるわよ……まあその辺は大丈夫、ここは接客だけらしいから」
そういう麗奈は、自身の横に置いている鞄から一枚の紙を出して俺に見せてきた。
それはたった今話に上がった、メイド喫茶の求人募集の紙だった。
店名、仕事内容、時給や履歴書の有無など、それら全てが丸みがかった可愛らしいフォントの文字で書かれている。
如何にもメイド喫茶らしい、そんな印象をそのビラから受けた。
「こんなの、何処で手に入れたんだよ」
「これは駅前で配っていたわ、断ったのだけどしつこくて」
確かに麗奈の容姿を見たら、店側としては何としても手に入れたいだろうな。
もしかして麗奈の奴、芸能系からも声が掛かっていたりするのだろうか。
まあそんな事はどうでもいいか。
しかし読むと何だが怪しく思えてしまう。
店名は『メイドカフェ・ぴーす』と、安らぎの意味がある名前だが、どうもこの店からは何か危険な気配がすると、俺のセンサーがキャッチしている。
けれど給料の方は高校生で貰えるレベルにしては高め、履歴書も不要なのは絶賛家出中の麗奈的にもポイントは高いだろう。
もしかして都会ではこれが当たり前なのだろうか。
しかしなあ……。
「貴方は私のメイド姿を見たくないの?」
「……は?」
呻きにも似た声を出しながら葛藤していると、目の前に座る麗奈は真顔でそんな事を口にした。
それが少しばかり、いやかなり衝撃的だったので思わず反射的にそう口から出てしまう。
「だから私のメイド姿は見たくないのと聞いているのよ」
「な、何でそんな話になる?」
「見たいの――見たくないの?」
円卓に両手を乗せ、俺の方へと身を乗り出して麗奈は聞いてくる。
後少し顔を前に出せば、互いの唇が触れてしまう。
そんな距離感に俺は下がろうとするが、宝石の様に美しいその碧眼を見た途端、俺の身体は硬直した。
麗奈のメイド姿だと?
――そんなもの見てみたいに決まっている。
こんな銀髪美少女がメイド服を着たら鬼に金棒なんて騒ぎじゃない、鬼にマシンガンだ。
間違いなく客たちのハートを乱れ撃ち、学校外でもファンができるだろう。
「……とりあえず試験が終わったら店を確認しに行こう」
「見たいのね?」
「店を確認するためだ」
そう、店を確認するのは必要な事だ。
もしかしたらデメリットよりも、メリットの方が多いかもしれない。
だから確認に行く、それだけだ。
「見たいのね?」
「――ああもう、そうですとも見たいですとも!」
先程馬鹿にされた仕返しか、執拗に聞いてくる麗奈に負けた俺は少々乱暴にそう答える。
それを聞いた麗奈は嬉しそうな表情をして、一言俺に言い放った。
「ツンデレ乙」
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