第44話 番外編 年末のワンルーム

「麗奈、ネギと蒲鉾を取ってきてくれ」

「分かったわ」


 日付は十二月の最終日である三十一日、俺と麗奈は駅前のスーパーで買い物をしていた。

 カゴの乗ったカートを片手で押しながら、年越し蕎麦に使う食材の調達を麗奈に指示する。


 冬服の制服の上から、更にクリーム色の厚手のコートを着込む麗奈は、コツコツと足音を立てて野菜コーナーへと消えていった。

 俺はその間に鮮魚コーナーに向かい、天麩羅に使用する海老を探しに向かう。


 鮮魚コーナーでは年末の鮪祭りなるものが開催されており、ご近所の奥様方や叔母様方が挙って訪れていた。

 食材を取ろうにも、前線には主婦の集団が列をなしており、中々前へと進めない。

 天ぷらを諦めようかと悩んでいたその時、背後から俺の名を呼ぶ者がいた。

 その声に振り返ると、見慣れた連中が買い物カゴ片手に集まっていた。


「あれ、斉藤っち?」


 背後から現れたのは茶髪ポニテこと白石だった。

 本来今日は白石佐浦拓也の三人が主催する年越しパーティーに招待されていたが、俺は丁重に断った。

 理由は単純、自分の部屋で年を越したかったからである。

 しかし断った俺を見つけた白石は、意外な顔をしながら近付いてきた。


「斉藤っちは買い物中〜?」

「何だ白石か」

「何だって何よ〜、茜も一緒だよ!」

「こ、こんばんは斉藤君」


 白石の背後から現れたのは、長い前髪が特徴の黒髪少女――佐浦だった。

 そんな佐浦は、もじもじしながら俺に挨拶をしてきた。

 それに軽く会釈で返した後、俺の背後にある光景を見て二人は驚愕する。


「うわ〜、やっぱり年末は凄いね。みんな目が血走ってるよ」

「こ、怖い……」

「それじゃあ茜、行こっか〜」

「え! ちょ、ちょっと待って! 助けて斉藤くううぅん〜!」


 コートの上から豪快に佐浦の首根っこを掴む白石は、そのまま佐浦を引っ張りながら人混みの中へと向かって行く。

 じたばたともがく佐浦を引きながらも、白石は戦車のように鮮魚コーナーへの道を切り開く。

 佐浦には申し訳ないが、俺はそれに便乗してその最前線へと到着した。

 そして近くにあった大きめの海老が二本入ったパックを手に取ったら白石たちに別れの挨拶をする。


「茜〜私たちも鮪食べようか!」

「わ、分かったから離してよぉ!」

「それじゃあ白石と佐浦、良い年を」

「ふえぇ、よ……良いお年を〜斉藤くううぅん!」


 引き摺られている佐浦は、悲しげな顔をしながら俺に手を振り挨拶をしてきた。

 白石は鮪の入ったパックを持った手で、俺にぶんぶんと手を振った。

 あんな事をしたら中身が大変な事になるぞ。


 そんな事を気にしながらも年末最後の挨拶を終えたら、パックをカートに入れてすぐさま立ち去る。

 そのままレジに向かう途中で、麗奈と合流して買い物は終了、俺たちはすぐに家へと帰宅した。


 ◇ ◇ ◇


 時刻は現在午後十時を回っており、キッチンからはトントンと心地よい包丁の音がする。

 その音を聞きながら、俺は実家から送られてきた小さなこたつで怠惰を貪っていた。


 麗奈と出会って数ヶ月、俺の指導により料理の腕はかなり上達しており、今や一人でも人様に出せる程に成長していた。

 そんな麗奈はキッチンで年越し蕎麦をせっせと作っている。

 あの黒焦げオムライスを作った麗奈が、まさか一人で料理をする日が来るなど誰が予想できたか。

 人生ってのは分からないものだな。


 そんな年寄り臭い事を考えながら、年末のバラエティー番組を見ていると、料理が終わった麗奈が蕎麦の乗ったお盆を持ってこちらに来た。


「待たせたわね」

「天麩羅は上手くいったか?」

「見なさい、この美しく咲いた海老天を」

「へぇ、結構上手いじゃん」


 堂々と胸を張る麗奈だが、こたつに置かれた天麩羅蕎麦を見て、俺は素直にそう思った。

 このレベルならお店で出しても遜色ないだろう。

 本当に料理が上手くなったな。

 そう素直に賞賛していると、たださえ二人で入るには狭いこたつなのに、麗奈は無理矢理俺の横に足を入れてきた。


「お、おい狭いだろ」

「私も寒いわ」

「……せめて反対側から入れよ」

「それだと足が当たってしまうでしょう?」


 ああ言えばこう言って、少しは俺の気持ちも理解してほしい。

 こんな肩が当たってる状態では、気恥ずかしくて食べ辛いではないか。

 しかしそんな事を悟られると、また麗奈が調子に乗るので深く考えず蕎麦を口にする。


「今年も終わりね」

「そうだな」

「来年も宜しくお願いします」

「……宜しくお願いします」


 そんなやり取りが何だか小っ恥ずかしく、少々無愛想に答えたしまった。

 しかしそれを聞いた麗奈は目を瞑り、少し嬉しそうした後黙って蕎麦を啜る。


 部屋には垂れ流しているバラエティー番組と、蕎麦を啜る音だけが響く。

 そんな寂しい空間だが、触れ合う肩から自分が独りでない事を認識させる。

 触れ合う肩から伝う温もりが、とても心地良くて安心する。

 いつのまにか俺は、独りより誰かといる事に幸せを感じていた。


 もしかしたらそれは、隣が麗奈こいつだったからなのかも知れない。

 そんな事を思いながら、俺も麗奈特製の年越し蕎麦を啜るのだった。


 因みにこれはまだまだ先の話だ。


 ◇ ◇ ◇


 少し早いですが、来年も頑張って更新しますので、何卒よろしくお願いします。

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