第42話
「白石、さっきと話が違うんだが?」
「あっれ〜、ちゃんと伝えた筈だけどな〜」
両手を後頭部で組み、口笛を吹く白石は斜め上を向いてとぼけたフリをする。
白石の奴、俺を騙したな。
「まあまあ斉藤っち、蒼井っちと八神っちが感謝してるのは本当何だよ、っね?」
「あ、ああ」
「私は頼んだ覚えはなかったけどね」
「もう、八神っちは素直じゃないな〜」
蒼井は白石に対して頷いて答えたが、八神は頬杖をついたまま嫌味のようにそういう。
確かに八神に関しては頼まれた訳ではないが、そんな態度を取られるのは少しばかり腹が立つ。
しかし確かに八神には頼まれた訳ではないので、勝手な事をされて不機嫌になるのは理解できる。
これは俺がしたかった事だが、八神は望んではいなかったのかも知れない。
そう思うとあれは余計なお節介だったという事だ。
俺はその事に対して頭を下げて八神に謝罪をする。
「……すまん、迷惑だったなら謝る」
「べ、別に迷惑とまでは言ってないけど……」
「いや、お前の気持ちをきちんと理解しないまま勝手な事をしたのは本当に悪いと思ってる」
「違くて……ああもう、感謝してるからあぁ!」
木製のテーブルを両手で強く叩き、俺の言葉を否定する八神は大声でそう言った。
その後頬を桜色に染めながら、しかめっ面の八神は再び頬杖をつき、窓の外に顔を向ける。
その反応に俺は少したじろぐが、八神が内心感謝していることが分かった途端、安堵する。
俺がやった事が迷惑やお節介で無くて、本当に良かった。
「さて〜、八神っちのツンデレが見れた所で、蒼井っちも一言言ってあげて?」
「わ、分かった」
そういうと、蒼井は真っ直ぐに俺を見つめてきた。
しかしその瞳はどこか震えており、口元をきゅっと結んだ蒼井は何も言わないまま沈黙が続く。
そんな状況に嫌気がさしたのか、先に横にいた麗奈が口を開いた。
「言葉なんて相手に気持ちを伝える手段でしかないわ。だから深く考えず、貴方の気持ちを真っ直ぐに伝えなさい」
「銀……」
目を瞑り、コーヒーを飲みながら静かに麗奈はそう言った。
その言葉に感化された蒼井は、覚悟を決めた様な顔つきで、真っ直ぐに俺を見つめてくる。
「あたしもうダメだと思ってた……だからそこマジで感謝してる、ありがとう」
「お、おう……」
「あんたって普段覇気が無い感じだけど、やる時はやる奴なんだなと思ったぜ!」
「一言余計だ」
最後のが無ければ良い感じに終わったものを、流石は阿保井だ。
まあそれでも感謝しているのは、その嘘偽りの無い笑顔から見て取れる。
俺の努力は無駄では無かったのだ。
これでまた、俺は困っている子を救う事が出来た。
これで良いんだよな――佳奈。
「それじゃあお礼も言えた事だし、ここからはお楽しみタ〜イム!」
まるでこの時を待っていたと言わんばかりに、白石は手を叩き俺たちの目線を集める。
何処となく不気味に笑う白石に、何故か恐怖を覚えるが、その理由は直ぐにわかった。
童話に出てきそうな悪い魔女の如く怪しく笑う白石は、自身の鞄から数字が書かれたくじの様な物を出してきた。
そしてそれを片手に持ち、白石は堂々と宣告する。
「それでは今日のメインイベントである、王様ゲームの開催をここに宣言します!」
「――ちょっと待てええぇぇぇ!」
王様ゲーム、それはくじ引きで王様を決めて王が下々に命令を下すゲームだ。
単純に聞くとただのゲームかも知れないが、このゲームの最大の特徴はグレーゾーンな内容でも、半強制的に行わせる事が可能という所だ。
異性との軽い接触から、人によってはディープなものまで命令させられる。
そんな危険な遊びを、この緑いっぱいのカフェでやると言うのか。
「俺は反対だ、お前たちもそうだろ?」
「王様になればタピオカ頼み放題じゃん、当然やるでしょ!」
「あたしもまだこの特製ケーキを食ってねぇ!」
否定的な俺とは裏腹に、蒼井と八神はやる気に満ち溢れている。
どうして二人とも王様になる前提でいるのか。
俺は横の麗奈をちらりと見る。
すると視線に気付いた麗奈と目があったので、俺は麗奈にアイコンタクトを送る。
『お前から言ってくれ』
『分かったわ』
よし、これで賛成も二人になった。
このゲームは危険だと俺の危険センサーが反応している、参加したら間違いなく面倒な事になるのは明白だ。
ならば答えは一つ、それは参加の拒否だ。
麗奈が俺と同じ意見で助かった。
まだ数日とは言え、同じ部屋で過ごしている事だけはあるな。
「では白石さん、始めましょう」
「……は!?」
麗奈のその言葉に、俺は店内に響く程の大声を上げる。
幸い他の客はおらず、こちらに振り向いたのは店長だけだった。
「やっぱり、銀さんならそう言ってくれると思ったよ〜!」
ばかな、麗奈ならこんな下らないゲームには反対だと思っていたのに。
そう思い麗奈を見ると、かなり分かりにくいが口元が少しばかり笑っていた。
まさか麗奈のやつ、楽しんでいるのか?
「それじゃあ始めるよ、みんな引いて〜」
その掛け声と共に、無情にもゲームの開始が宣言された。
皆既に棒状のくじを引いている。
後に引けなくなった俺も、諦めてくじを一本引いた。
俺が引いたのは数字の二、王様のくじを引いたのはどうやら白石だ。
それを見て俺は寒気を感じる。
店内の冷房のせいでは無い、これが悪寒というやつか。
「それじゃあ一番の人が、二番の人にあーんしてあげる〜」
二番が一番にあーんだと?
二番を引いたのは俺だが、一番は誰なんだ。
というかこのゲームに参加しているのは全員女子だ。
という事は誰と当たってもこれでは女子とあーんをする事になってしまう。
男としては、この上ない程幸せな事なのかも知れないが、ここには麗奈がいる。
こいつに変な勘違いをされるとまた面倒なので、出来れば避けたいのだが……。
「因みに拒否したらここの会計奢りだよ〜」
俺の思考を読んだのか、白石は逃げ道を塞ぐ様にそういう。
現時点でもかなりの値段になっており、一人で払えば今月の小遣いが無くなってしまう。
くそ、本当に来なければ良かったと心底思わせるな。
俺は二番と書かれたくじを掲げる。
この際誰となろうが仕方ない、あーんくらいなら目を瞑ろう。
すると俺の前に座る蒼井が、頬を桜色に染めて一番と書かれたくじをあげた。
どうやら相手は蒼井のようだ。
「ささっ、私たちは退くのでどうぞ〜」
蒼井の横に座る白石と八神は、蒼井の横を開けるように一度席を立つ。
そこに俺は腰を下ろし、蒼井の方へと顔を向けた。
蒼井の見た目は完全に不良のような姿だが、よくよく見ると実は可愛らしい顔をしている。
ぱっちりとした大きな瞳に綺麗な目鼻、普通にしていれば周囲の男たちは確実に声を掛けるだろう。
しかし普段は眉間に皺を寄せ、刺すような鋭い目付きをしているせいで、見た目通りの不良娘に映るのだ。
そんな蒼井だが、先程から何故か借りてきた猫のように静かにしている。
一体どうしたのか。
「蒼井、大丈夫か?」
「ひ……ひゃい!」
「ひゃい?」
「な、何でもねぇ!」
可笑しな反応を見せる蒼井は耳まで真っ赤にしながら否定する。
そんな蒼井を余所に、白石が頼んだケーキが店長によってテーブルに運ばれた。
「さあ二人とも始めて〜」
「うう……」
蒼井は置かれているフォークを片手に持ち、食べやすいサイズにケーキを切る。
それをフォークの先に刺したら、恥じらいながら俺の口元へとゆっくりと運んだ。
瞳には涙が溜まっており、蒼井の羞恥は限界に達している。
そんな姿の蒼井を思わず可愛いと思ってしまった。
しかしそんな事を一度でも思った俺が阿保だった。
「は、は、は……はあああああああああ!」
「危な!?」
口元にあったケーキの乗ったフォークを、蒼井はあろうことか鋭い一撃の如く俺の口の中へと運ぶ、もとい刺そうとした。
「馬鹿かお前は! 掛け声はあーんで、食べさせるようにケーキを渡せ!」
「う、うっさい避けんな! 喰らえええぇ!」
避けようとする俺の顎を無理やり掴んだ蒼井は、目標を口元に絞り勢い良くフォークを放つ。
そんな最早目的の趣旨が変わった一撃は勿論俺の口元に入るわけもなく……。
「――痛ってええええぇ!」
見事頬に刺さり出血したのだった。
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