第38話
翌日の朝、登校中に普段通り麗奈と別れてから数分経った頃、背後から俺の名を呼ぶものがいた。
遠くからでも分かる爽やかなその声に振り向くと、そこには昨日の放課後出会った二人――枢木隼人と桜山舞が並んで歩いていた。
手を振る枢木に足を止めると、小走りになって枢木はこちらに来るが、桜山の方は依然として自身のペースで歩いている。
全く、どこまでもマイペースな奴だなあいつは。
「朝練は無いのか?」
「今日はな」
「そうか」
「それより斉藤……実は大変な事になった」
そう言った枢木の顔はどこか暗く、後から追いついた桜山の表情も良くないものだった。
大変な事とは一体何かと思っていると、桜山が見せてきたスマホの画面を見て俺は理解した。
桜山が八神に噂を流させた方法は、今の若者なら誰もがダウンロードしてアプリ『インスタントレポート』通称インレポで、蒼井の黒い話を書き込ませて拡散させるというものだった。
インレポとは百五十文字以内の文字や、画像や動画などをネットに投稿出来るSNSであり、うちの学校の女子なら全員、男子でも多くの者がダウンロードしている程の人気アプリだ。
ここで投稿したものはうちの学生全員が見ていると言っても良い程の拡散力があり、桜山もそれを使って八神に噂を流させた。
噂を流した八神のアカウントは現在停止中で、再度投稿するにはアカウントを作り直さなければならない。
しかしアカウントを作るのも簡単では無く、登録したスマホとは別のスマホで無ければならないのだ。
なので今回の噂を消すと約束した桜山が別のアカウントを作り、噂はデマだったと投稿すれば、事は穏便に済むと思っていた。
――しかし現実はそう上手くは行かなかった。
人というのは根も葉も無い噂でも割と鵜呑みにするが、それを否定するような言葉はあまり信じたがらない。
学生なら尚更そういう傾向にある。
何故ならば、学生はどちらが面白いかを重視するからだ。
どちらの方が面白いかで、信じる信じないを決めてしまう。
どう考えても可笑しいとは思うが、それが若輩というものだ。
案の定、今回の件も蒼井の黒い噂の抹消は失敗に終わったようで、その投稿をした桜山のスマホには、散々な返信ばかりが届いていた。
「何なのよこいつら、証拠も無い話信じちゃって馬鹿じゃないの?」
「……その話を流したのは桜山だろうが」
「何か言った?」
苛立ち混じりに睨みつけてくる桜山は、どうやら俺の小言が聞こえたようだ。
割と地獄耳な奴だな。
そんな態度を取る桜山に、枢木が軽く頭を小突く。
すると小突かれた位置を手で覆いながら、桜山は不満げな顔をして枢木を見つめた。
「どうして私なの!」
「今回のは舞が元凶だろ?」
「けどあいつだって私の事悪く言ったわよ!」
「それは舞が反省の色を見せてないからだぞ、斉藤だって悪いことしてなきゃ何も言わねーって」
『だよな?』と枢木笑顔で俺に振り向く。
それに俺はこくりと頷いた。
良かった、枢木の方はどうやら常識人なようだ。
それにしても噂の撤回が出来ないとなるとどうすれば良いか。
このまま出来なければ蒼井も八神もずっとあのままになってしまう。
はあ、誰か皆の注目を簡単に集める事が出来て、尚且つ発言力も持ち合わせ、更には皆の信頼を勝ち取っている人物でもいれば――って一人心当たりがあるぞ俺。
「枢木……もしかしたら上手く行くかもしれない」
「何か策があるのか?」
「ああ、けれどこれは正直賭けになる」
「賭けって何するのよ」
桜山のその言葉に、俺はしれっと無視を決め込む。
大前提として、その人物が願いを了承してくれなければならないのだが、そこは恐らく大丈夫だろう。
問題は皆がその者の言葉を信じてくれるかだ。
「当てがあるならとりあえずやってみようぜ」
「そうだな」
「だから賭けって何なのよー!」
そういう俺と枢木は顔を合わせて頷いた。
そんな俺たちのやり取りを横で見ていた桜山は、自身が無視されている事に、きゃーきゃーと金切り声のようなものをあげるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます