第36話

 あれから全身びしょ濡れになりながらも帰宅した俺は、現在湯船に浸かって身体を温めていた。

 夏の雨は決して冷たいものでは無いのだが、この前風邪を引いたばかりなので念には念を入れている。


 先に帰っていた麗奈は、ずぶ濡れの俺を見るに『あら、水も滴るいい男とは、よく言ったものね』などと言ってきた。

 褒めてるのか煽ってるのかよく分からないが、直ぐに風呂の用意をしてくれた辺り、どうやら心配してくれたらしい。


 分かり辛いので今度からはもう少し分かりやすくしてほしいものだ。


「それにしても疲れた……」


 結局の所、言質作戦は言質を取らずに終わってしまった。

 まあそれでも過程をすっ飛ばして結果が出たので良しとするか。


 しかし桜山も面倒な女だ、そしてよくもあんな奴と枢木は一緒に居られるものだな。

 話によると二人は幼稚園からの幼馴染らしく、今でも家が近いという事もあり、部活が無い日は遊びに出掛けているらしい。


 幾ら幼馴染とは言え、あそこまで面倒な女には流石に付き合い切れない。

 枢木も変わった奴だな。


 まあ面倒な女に捕まったと言うのは枢木ばかりでは無い、かくいう俺も麗奈に捕まった身だ。


「まあこっちのは可愛げがあるのがまだ救いか……」


 そんな事を考えながら、俺は水滴が付着する天井を見つめる。

 少し熱めの湯船に浸かりながらゆったりとするこの時間が、俺にとっての至福のひとときだ。


 最近はよく『疲れた』と口にしている気がする。

 あまりいい傾向では無いので、今のうちにリフレッシュしておこう。


 身体も温まり、独りを堪能した所で湯船から上がる。

 中にある部屋着を着替えたらバスルームのドアノブに手を掛ける。


 嗚呼、幸せとは短いもだな。

 もし願いが叶うのならば、この時間がいつまでも続いて欲しい。


 そう思いながら手を掛けたドアノブを回して外に出る。

 するとそこでとんでもないものを目の当たりにした。


 そこには未だ制服姿のままの麗奈が、俺が普段使用しているエプロンを身につけ――右手にギラリと光る包丁を何故か逆手に握っていた。

 俺はその光景を見て色々な意味で戦慄するのだった。



 ◇ ◇ ◇



 年末のに向けて投稿が少し遅れますが、更新は続けていきます。

 よろしくお願いします。



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