第35話

「どうして隼人がそんな女を気にしなきゃならないの! あんな誰にでも股開いて、援交だってやってそうな女を誰が好きになる? 好きにならないでしょ!?」


 強烈な夕立により制服は水に浸かったかのように濡れている。

 インナーや下着は身体にへばり付き、着ているだけで鳥肌が立つ程に気持ち悪い。


 天気予報では直ぐに収まると報道されていたので甘く見ていたが、こんな事になるなら傘の一本でも持って来れば良かったとつくづく思う。


 そんな豪雨の中、俺と同じく全身ずぶ濡れの桜山は、額に青筋を浮かべながら怒号を飛ばし続けていた。


「もし仮に隼人がそんなとこ言うのなら、どんな事をしてでも阻止するわよ。あんなビッチ女と隼人が一緒になったって……いいこと一つも無いんだから!」

「……」

「顔がいいからって調子に乗って……どうせ隼人にも色目使ったんでしょあの女! 絶対許さないんだから!」


 鋭い眼光で俺を睨む桜山だが、瞳に映すのは決して俺ではない。

 その眼に映し出すのは、今ここにはいない金髪の少女の姿だ。


 嫉妬や憤怒と、七つの罪とされる感情を二つも見せる桜山は、今まで溜まっていた鬱憤を吐き出すかのように次々と蒼井を嘲罵する。

 それは噂の内容ではなく、最早桜山舞の私情や願望しか存在してなかった。


「それにあたし見たんだから、あのビッチ女が三十後半くらいのおっさんと二人で手繋いで……ホテルの方に消えてくのを!」

「……それはいつの話だ?」

「昨日よ! 丁度帰りに一人で歩いてたら駅前の方で見つけたの! あれは間違いなく援交だから!」


 指を突き出して自身の記憶を語る桜山だが、その言葉に俺は漸く隠されていた尻尾を掴むことに成功した。

 俺は確信を得るために、再度桜山に確認する。


「間違い無いんだな?」

「ええ!」

「だってさ――枢木」

「――え?」


 背後にある体育館裏の角に向けて、俺はそう言い放った。

 するとこんな土砂降りの中、傘も差さずに立っていたであろう一人の男子生徒がこちらに顔を出した。


 その男子生徒の姿を見て、桜山は目を丸くして息を漏らすように小声で呟いた。


「は、隼……人?」


 体育館裏の陰から出てきたのは、話の中心人物の一人――枢木隼人くるるぎはやとだった。

 そんな枢木は、こちらに近付きながら桜山の言葉に訝しげな顔を見せる。


「舞、昨日は俺たちと一緒に帰ったよな?」

「な、何言ってんの隼人。忘れちゃったの〜?」

「なら今の話は何だよ」

「それは……」


 先程まで強気だった桜山だが、今は弱々しく焦った様な姿を見せている。

 それもその筈、何故なら今の桜山の話は全くの嘘なのだ。


 今日の昼休みに白石から受け取った紙に、三日前までの桜山の情報が全て記載されていた。

 俺はそこに目を付けて、この三日間の事、主に放課後の枠を重点的に記憶した。


 今回の言質作戦で一番重要だったのは『桜山舞の虚言による誤爆』だ。

 寧ろこれが一番可能性として高く、これ以外の案は浮かばなかった程だ。

 そして俺の思惑通り桜山は見事に誤爆した。


 後はそれを録音すれば良いと思ったのだが、それではもしかしたら桜山に上手く逃げられてしまう恐れがあった。

 そこで俺が二つ目に用意したのが『枢木隼人』だ。


 枢木隼人。

 高身長で茶髪の美形男子、部活はサッカー部に所属しており、女子からの人気はかなりのものと非の打ち所がないイケメンだ。


 そんな枢木は仲の良いクラスメイトと、放課後行動を共にしている様で、桜山はその一人らしい。

 なのでその枢木には予め裏で待機してもらい、桜山がもし虚言を吐いたら出てきてもらう、という話だったのだ。


 無論こんな事をそのまま話せば、友人を嘘吐きと言われ、怒った枢木は了承してくれないだろう。

 なのでそこは上手いことやってくれと白石に依頼した。


 そして無事枢木は承諾してくれたのだが、本当にどんな手を使っているのか気になるところだ。


「答えろよ、舞」

「うぅ……」


 そんな事を考えていると、先程から怒りを露わにしている枢木は、怯えるハムスターの様になった桜山を問い詰めていた。


「どうしてあんな事を言ったんだよ」

「だって……隼人があの女の事気になるって言うから!」

「……確かに言ったけど、俺はって言ったんだぞ?」

「……へ?」


 桜山の反応に枢木は額に手を当て『またか……』と呟く。

 そんなやり取りを見て、俺も桜山と同じく目を丸くした。


「舞……これと同じ間違い何回目だよ」

「は、隼人が誤解する様な言い方するのが悪いんでしょ!」


 痛む頭を抑える様に枢木は額を手で覆う。

 そんな枢木を見て、桜山は顔を紅潮させて大声でそう告げた。

 一体どう言う事だ?


「すまん斉藤、舞のいつものが出た」

「癖?」

「俺が他の子を良く言うと舞の奴、裏でその子の悪評を流すんだ。やめろって言ってるんだけどさ……」


 自分の責任でもあると言う枢木は、両の手を合わせて頭を下げた。

 本来なら謝るのは桜山であり、更に言うと謝罪の相手は蒼井奈帆だ。


 しかし当の本人である桜山は頬を膨らませてそっぽを向いている。

 その態度を見た俺は、自分の事では無いのだが無性に腹が立った。


 決めた。

 もし桜山が困った事にあったとしても、その時は絶対に助けてやらん。


「……分かった、今回の事は俺も聞かなかった事にする。但し蒼井と八神に謝罪、それから噂の撤回はしてもらう」

「勿論だ、その二人には相当迷惑をかけたからな」

「やるのは桜山だぞ」

「……」


 むすっとした顔をする桜山だが、一応申し訳ないという気持ちがある様で、返事はしなかったが一度だけ頷いた。


 その様子にまたも苛立ちを覚えるが、枢木も付いているので約束は守って貰えるだろう。

 そんな訳で豪雨の中の言質作戦は、一先ず無事に良い方向へと終わりを告げたのだった。

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