第28話

 放課後、じりじりと焼き付ける太陽の下、俺は駅前の広場に立っていた。

 身体中至る所から汗が噴き出しており気分はとても最悪だ。


 しかしそれよりも今の俺を支配しているのは八神に対する怒りだった。


 自分から待たせるなと言っておきながら、当の本人はこの場にいない。

 折角遅れない様にと急いで来たというのに、これでは急ぎ損では無いか。


「ごめんごめん遅れた〜」


 その声と共にこちらに手を振りながら走ってくるのは、桃色の髪と小柄なその姿が特徴的な奴――八神桃だ。


 遅れたことを申し訳無さそうに、片手を顔の前で立てて謝罪のポーズを取っている。


「早いじゃん、もしかしてそんなに私に奢りたいの?」

「話があるって言ったろ」

「はいはい、でもタピオカが先だから〜」


 これほどタピオカに虜になっている八神を見て、少々恐怖を感じてしまう。

 いや、正確に八神をこれ程までに虜にしたタピオカティーがとても恐ろしい存在という事なのだろう。


 俺はこの手の飲み物に苦手意識があり、実は一度も口にした事がない。

 まあ実家の近くにはそのような店は存在していないし、そもそも興味は無かった。


 しかし都会ではかなりの人気があり、若者、特に十代の女子に人気を博していると情報を得た。

 あの黒い塊の何が良いのか全く理解出来ないが、そのお陰でこうして話を取り付ける事に成功した。


 後はそれを片手に話が聞ければ良いのだが、八神は話してくれるだろうか。


『いらっしゃいませ〜』


 駅から少し離れた場所に停車しているキッチンカーの前に立つと、若い女性店員が元気良く俺たちに挨拶してきた。

 それに軽く会釈して俺はメニューの方へと目を向ける。


 タピオカティーと言ってもその種類は多種多様で、王道のミルクティーから抹茶ラテや苺ミルクなるものなど、様々なメニューがあるようだ。


 特に驚いたのはホットにも対応しているらしく、季節に合わせてドリンクの温度を調節できるとの事だった。

 成る程、いつまでも人気がある訳だ。


 そんな人気なタピオカティーだが、メニューを見て初めに思った事がある。

 ――一杯六百円前後とか高すぎだろ。


「私これが良い!」


 子供のようにはしゃぐ八神は、タピオカ抹茶ラテを指差した。

 それを聞いた店員は先にそれを作り始める。


 結局何を頼めば良いか分からなかった俺は、黒糖入りのタピオカドリンクを注文した。

 注文した品は、キッチンカーの前に並べてあるテーブルまで運んでくれるらしいので、俺たちは席に座って待つことにした。


 数分後、二つのドリンクを持って店員が俺たちの元へ来た。


「はい、先にお兄さんの黒糖タピオカミルクです!」

「どうも」

「そしてこっちが可愛いらしいのタピオカ抹茶ラテで〜す!」

「――はぁ!?」


 店員の言葉に八神は大声を上げて立ち上がった。

 そんな八神とは裏腹に、俺は勢い良く吹き出した。


 恐らく八神の小柄な見た目とはしゃぐ姿に、店員は俺より年が下の子だと思ったのだろう。

 そこから俺との関係で一番可能性のある『兄妹』と勘違いを起こしたというところか。


 それにしても妹呼わばりされてる八神は少し面白いな。


「まあ座れよ八神」

「あんたも否定しなさいよ!」

「大丈夫、俺は分かってるから……ぷっ」

「わ……笑うなああああああ!」


 ぽかぽかと必死に叩いてくる八神だが全く痛くない。

 そんな顔を真っ赤にして怒る八神を何とか宥めたら、俺たちは頼んだドリンクに漸く口を付けた。


 初めは怒りが収まっていなかった八神だが、一口飲んだら直ぐに機嫌が良くなった。

 ほんと単純な奴だな。


 俺も頼んだものを飲みながら、まずは火照った身体を冷ます。

駅前で待たされた分、冷たいそれはとても身にしみた。


 ある程度飲んで少し時間が経ったあと、俺は少し真剣な顔つきで八神に話を切り出した。


「なあ、蒼井にあのあだ名を付けたのってお前なのか?」


 面倒な詮索などせず、俺は単刀直入にそう聞く。

 それを聞いた八神はストローから口を離し、タピオカを噛み潰しながらテーブルに頬杖をついた。


「……その話か、道理で虫のいい話だと思ったわ」

「どうなんだ?」

「どうもこうも、そういう話になってるじゃん」


 退屈そうに話す八神に俺は違和感を覚える。

 どうして名付けの本人だというのに、こんなにも他人事の様にと話すのか。


「私もあの子も――ハメられたってだけよ」


 そういって薄い桃色のマニキュアが塗られた自分の手の爪を見ながら、八神はつまらなそうに呟くのだった。

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