第24話 麗奈の一日 其の三

 かちゃかちゃとキッチンで音が鳴る中、私と朽木君は円卓に座っている。

 衛介は病人なのでベッドで横になってもらっていた。


 キッチンの方では白石さんと佐浦さんが衛介に昼食を作っている。

 と言ってももう三時になるので、間食と呼べるかもしれない。


 一応料理の方に参加した方が良いと思い二人に声をかけてみたが、衛介の看病をしてくれと頼まれた。


 正直それは有り難い。

 私が参加したら、下手すると衛介の病が更に悪化する恐れがある。


 ――自分で言ってて少し悲しくなるわね。


「どうよ調子は?」

「朝よりはマシかな」

「けどまだ顔色は良くねぇな」

「ああ、だからいつまでもここにいるな」


 朽木君にそう言った衛介はごろんと私たちとは反対側の方を向く。

 そんな衛介の後ろ姿を見て、私は嘆息を吐いた。


 私には分かる。

 口ではああ言っているが、本音はそうでないという事を。


 大方風邪が移らない様に気を遣っているのだろう。

 衛介はそういう人間だ。

 しかしもう少し言い方があるでしょうに。


 朽木君もそれに気付いているようで、私に申し訳そうな顔を向けて来た。

 そんな朽木君を見て、衛介が少々羨ましく思える。


 まだ転校して来てそれ程経っていないのに、こんなに気の利く人と友人になれるなどそうそうない。


 そんな友人に冗談とはいえ、態度の悪い衛介に私は少々嫌味を言ってやる。


「お見舞いに来てもらっているのに『ありがとう』の一言も無いのかしら?」

「……悪かったよ、来てくれてありがとう」

「あら、言えるじゃない。初めからそう言いなさいよ」


 未だ背中を向けてくる衛介に私はそう言い放った。

 すると私たちの会話を横で聞いていた朽木君が、大きく吹き出して笑う。


「仲良いねぇ二人とも、まるで夫婦みたいだ」

「誰が夫婦だ」

「やっぱり銀さんを連れてきて正解だったよ。なんか衛介元気出てきた感じがする」

「……うっせ」


 また冷たい態度を取って。

 次そんな態度を取ったらあの黒髪を全てむしり取ってやろうかしら。


 そんな事を考えていると、キッチンの方からお盆を持った佐浦さんと白石さんがこちらに来た。


 お盆の上には出来立ての玉子雑炊がふつふつと湯気を立てている。

 とても美味しそうなそれを、佐浦さんから衛介は受け取ろうとした。


 しかし佐浦さんはそれを渡さず、スプーンで一口分盛ったら衛介の口元まで運んだ。

 そして緊張した顔で、衛介にスプーンを向けた。


「は……はい、斉藤君あーん」

「いや自分で食えるから」

「い、いいからあーん!」

「な……何だよ」


 強引な佐浦さんにたじろぎながらも、衛介はそのスプーンを口にした。

 そして数回咀嚼した後、目を見開いて声を上げる。


「美味いなこれ」

「ホント! 良かった……」

「これ佐浦が?」

「私も手伝ったけど殆ど茜が作ったよ〜」


 美味しそうに佐浦さんが作った食事を食べならがら衛介は楽しそうに話す。

 それが少々羨ましく思えた。


 もし私が料理上手で、今この場で私が料理を衛介に作っていたら――あの笑顔を私に向けてくれていたのだろうか。


 なんて、そんな事を考えてしまう。


「いや〜茜は斉藤っちの事になるとガツガツいくよね〜」


 衛介と佐浦さんを見ながら白石さんは面白そうにそう言う。

 そしておもむろに立ち上がり、近くのクローゼットを開き出した。


「何してんだ」

「いや〜、何かないかな〜と?」

「何もねぇよ」

「ええ〜、一人暮らしでもないやつの部屋でエロ雑誌が見つかったのに、男の一人暮らしで何も無いなんてあり得ないよ――ね、?」


 ハイライトの消えた瞳で朽木君を見つめる白石さん。

 その瞳を向けられた朽木君は、笑顔のまま血相を悪くして、そのまま固まってしまった。


 誠実そうに見えて以外とそっちに興味津々なのね。

 人というのは見かけでは分からないものだわ。


 そんな事を考えているとどんどん白石さんは部屋の中を物色してゆく。

 そして最後にタンスの小さな引き出しに手を伸ばそうしていた。


 不味い――あそこには私の下着が入っている。


 もしそれを見られれば衛介は間違いなく疑いの目を向けられる。

 そして最悪誰かが学校に連絡を入れるかもしれない。


 そうなれば最悪の結末が待っているのは想像に難しくない。

 ここは何としてでも止めなければ。


「白石さん、あまり人様の部屋を物色するのは良くないわ」

「確かにそうだね銀さん、それは私も思うよ――けどこの欲求は止められねぇ!」


 そう言って白石さんは遂に私の下着が入っている引き出しに手を掛けた。

 もしかして白石さんって結構ヤバイ人?


 ここまでくるともう私では止められな

 い。

 それにここで私が強引に止めてしまったら幾ら何でも不自然すぎる。


 もう後は見つかった下着を衛介がどう対応するか。

 そこにかかっている。


 しかしそんな心配は必要無かった。

 何故なら本来私の下着が入っている所にはからだ。


 ――どうして?


「あれ、可笑しいなあ……ここだと思ったのに」

「だから何もねぇって言っただろ」


 訝しげな顔をする白石さんに、完食した雑炊の容器を持った衛介はそういう。

 そしてマスクで口元を覆ったら再び話し出した。


「お見舞いは正直助かった、けどこれ以上ここにいると風邪を移しかねん。今日はもう帰ってくれ」


 そう言われた白石さんは仕方ないと肩をすくめて立ち上がる。

 他の二人も鞄を持ち、全員お土産を置いて玄関の方へと歩き出した。


 一先ず助かったのだが、私は下着は一体何処へ消えたのだろうか。

 そう思いながらも私は皆について行き、部屋を後にするのだった。


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