第23話 麗奈の一日 其の二

 午後の授業も終えて昼下がり、私は駅前にあるスーパーで買い物をしている。

 ここを使うのは初めてなので、実は少し緊張していたりする。


 今日は雑炊にしようと決めているが、ずらりと並ぶ食材に、どれを購入すれば良いか悩んでしまう。


 それに雑炊と一口に言っても、そのスタイルは多種多様。

 料理が出来ない私は、何を手にとって良いか分からなかった。


「……念の為保険をかけておきましょう」


 万が一、人が食べられないものが出来たら困るので、市販の雑炊パックをカゴに入れておく。

 飽くまでこれは最終手段なので、これを使う時は出来れば来て欲しく無い。


 一先ずこれで安心だが、今日は私が料理すると決めている。

 それに今回は普段のお礼も兼ねているので、私が作らなければ意味が無い。


 しかしこのままだと永遠に食材コーナーに居座る地縛霊になってしまう。

 一体どうすれば……。


「あれ、銀さんじゃん!」


 自身の名前を呼ばれて振り向くと見知った人物が複数いた。

 この前裁縫の時に一緒になった者たちだ。


 私に話しかけてきたこの人は確か――白石さんだ。

 横の男子は朽木君で、その反対側は佐浦さんだった筈。


 どうして三人がここにいるのだろうか。


「今日は風邪で倒れてる斉藤っちの所へお見舞いをしようと思って、色々買いに来たんだよ!」


 成る程だからここにいたのか。

 衛介も良い友達がいたものだ。

 お見舞いに来てくれる友人がいるなんて少し羨ましい。


 あれ、でもお見舞いって事はあの部屋に入ると言う事。

 彼処あそこには数こそ少ないが、私の私物が置いてある。


 ――少し不味い事になったわ。


「銀さんはどうしてここにいるの?」

「え」


 どうしよう。

 なんて答えたら良いのだろう。


 ここで只の買い物と答えたら、別れた後三人の行動が分からなくなってしまう。

 しかし付いて行こうにも口実が無い。


 このまま三人を衛介の元に行かせれば、何かの拍子に私たちの同棲がバレてしまう。


 そうなっては衛介は学校にも両親にも呼び出され、私はあの家に戻されるだろう。

 それだけは何としても避けなければ。


「わ、私は……」

「――良かったら銀さんも一緒にどうかな?」

「え?」

「勿論、時間があったらだけど」


 三人の中で、唯一の男子である朽木君は笑顔でそう言った。

 しかし私はそれに何となく違和感を感じる。


 まるで私の心を読み取り、私が言って欲しかった言葉をいった様に思えた。


 どうしてそんな感覚に陥ったのかは分からない。

 けれど今はそれは置いといて、それを私はチャンスだと思う事にした。


「私なんかで良ければ」

「銀さんが来たら斉藤っちも驚くと思うよ!」

「はは、確かにな」

「し、銀さんも一緒に……頑張らないと!」

「茜は燃えてるね〜」


 何とか三人と一緒にあの部屋に入る口実が出来た。

 後はこのまま三人を見張っていれば大丈夫な筈。


「それじゃあ色々買って行こっか!」


 楽しそうに天に拳を掲げる白石さんに残りの二人は付いて行く。

 私もその後に続くのだった。



 ◇ ◇ ◇



 買い出しを終えた私たちは、入り組んだ住宅街を歩く。

 皆片手に袋を持っており、各々衛介に渡したい物が入っていた。


「あ、ここかな?」


 白石さんが指差すマンション、それは紛れもなく私たちが住んでいるマンションだった。

 いよいよ着いてしまったと思いながら三人の後ろを私は付いて行く。


 衛介には事前に皆が向かっていると連絡を入れてある。

 早速連絡先の交換が役に立った。

 後は何事も無く終わるのを祈るしか無い。


 エレベーターで指定の階層に着いたら、目的の部屋のインターホンを押す。

 数秒後、聞き慣れた声が玄関を開いた。


『何だお前らか』

「お見舞いに来たよ斉藤っち! しかも今回はあの銀さんも一緒なんだ〜!」

「こんにちは

『そうか、態々ありがとな。』


 いつもは下の名前なので、この呼び方に少々違和感を感じる。

 けれど私たちの関係が知られるのは絶対にあってはならない。


 気を引き締めなければ。


「全く、来てくれなんて言ってないぞ」


 玄関を開いて早々に衛介はそんな事をいう。

 折角来てくれたのに何たる言い草だ。


「ホント、衛介は素直じゃないな」

「さぁ〜て、斉藤っちの部屋を物色しますか!」

「お、お昼ご飯まだだよね。色々買ってきたから食べて!」


 しかし三人は全く動じず、部屋の中へ入っていった。

 皆衛介がどんな人間が理解しているみたいだ。


 最後に入った私は衛介と目が合う。

 そしてアイコンタクトで意思疎通を行った。


『バレるなよ』

『貴方もね』


 そう伝えたら私も靴を脱ぎ、奥へと向かう。

 そしてこれから、一瞬たりとも気が抜けないお見舞いが始まるのだった。

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