第22話 麗奈の一日 其の一

 ※今回から番外編みたいなもので、麗奈視点です。



 ◇ ◇ ◇



 いつもの登校ルートをいつもの時間に歩く。

 しかし今日は衛介が風邪を引いたので私一人だ。


「全く、私に隠し事なんてするから悪化するのよ」


 昨日は衛介が帰って早々寝てしまい一緒にご飯が食べられなかった。

 それも悔しいが、もっと悔しいのは風邪を隠されていた事だ。


 衛介の事だから私に気を遣って強がっていたのだろう。

 男の子ってどうしてそうなのかしら。


 そんな衛介には今日は私のベッドで寝て貰った。

 マットレスも敷いていない布団よりは、ふかふかのベッドの方が身体に良いと思ったからだ。


「ちゃんと寝ているかしら?」


 人の事は気にかけられる衛介だが、自分の事は意外と見えていなかったりする。

 いつも助けられている分、今度は私が衛介を支えてあげたい。


 手始めに今日はお家の事は、全て私がやろう。

 気がかりなのは料理だが、きっと大丈夫――な筈だ。


 兎に角、今日は帰りに色々と購入しておこうと思う。


 お金の方は風邪薬などを購入する為に、昨日の段階で衛介から貰っている。

 多めに貰っているので、食材を買う事は出来そうだ。


「衛介に一言入れておきましょう」


 そう思った私は道の端で止まり、スマホのSNSアプリを開く。

 そして『衛介』と書かれたアカウントのトーク画面を開いた。


 購入リストと大まかな金額を打ち込んで送信する。

 少し待ってみるが、既読は直ぐには付かなかった。


 もしかして寝ているのだろうか。

 それならそれで良いけれど。


「返事は後程返ってくるでしょう」


 そう思いスマホを仕舞おうとするが、トーク画面の背景に目が止まり、それを止めた。


 壁紙になっているのは昨日勝手に撮った衛介の画像だ。

 いきなり撮られて間抜けな顔をしているが、それが少々可愛いかったりする。


 それを見ていると不思議と口角が上がってしまう。

 盗撮紛いな事をして悪いと思ってはいるが、撮影して良かった。


「……いけない、遅刻してしまうわ」


 気が付くと時間がかなり経っていた。

 私は直ぐにスマホを仕舞い、再び歩き出したのだった。



 ◇ ◇ ◇



 学校に着いた私は普段通り授業を受ける。

 教師たちが長々と話している間、私の頭はずっと衛介の事でいっぱいだった。


 そんな事をしてたら、いつのまにかお昼になる。

 そしてこの時間になるとが始まるのだ。


『銀さん、お……お昼一緒に食べませんか?』

『あれ、銀さん一人なんだ。良かったらお昼ご飯どうかな?』

『どけお前ら、銀さんは俺と食べるって約束してんだよ』


 男子たちからのお誘いコール。

 最後の人に至っては勝手な事を言っている。

 いつ貴方と約束なんてしたのかしら。


 本当に皆自分の事ばかりで嫌になる。

 私に近付いて来る人は、全員自分の欲望ばかりで、私の気持ちなど微塵も理解しようとはしない。


そんな人たちと楽しくお食事なんて、出来る筈も無いので、私はいつも通りに断る。


「申し訳ないけど、貴方たちと食事を摂る気は無いの」


 そう言って私は自席を立ち、人気ひとけの無い所へと歩き出す。

 今回の三人はしつこく追ってこなかったので、対応が楽だったのが救いだ。


 毎日違う男子生徒たちに誘われるのは正直疲れてしまう。

 こんな時はミケの顔でも見て癒されよう。


 嗚呼ミケ、どうして貴方はあんなにも可愛いの?

 今の私は貴方なしでは生きていけないわ。


 そう思い、校舎裏のベンチでスマホを開くと、衛介からメッセージの返信が届いていた。


『分かった、気を付けろよ』


 気を付けるのは貴方の方なのではないかしら。

 よくもまあ病の身でありながら、人の心配なんて出来るわね。


 それでもこんな社交辞令みたいな気遣いに、私の心は少々嬉しさを感じてしまう。

 もしかして私って単純なのかしら?


 一先ず私はそのメッセージに『ありがとう』と送り、スマホを仕舞う。

 すると遠くの方からこちらに近付く小さな影が見えた。


『にゃ〜』


 真っ白でまだ小さく、短い毛並みのそれは私の足元まで来て身をすり寄せてきた。

 その行動に私は、口元をだらし無く緩める。


 足元にいるその子猫を両手で優しく抱いて膝の上に乗せる。

 すると子猫は膝の上で仰向けになり、白く柔い腹部を私に見せてきた。


 まだ出会ったばかりだというのに、子猫は私を信頼しているようだ。


 そんな姿を見ていると、子猫がその小さな尻尾を左右に揺らしている。

 まるで遊んで欲しいと言わんばかりに。


 私は子猫の腹部を優しく撫でる。

 すると気持ち良さそうに子猫は甘い声で鳴いた。


 か――可愛い過ぎる。


 私はその姿を撮影するべく、急いでスマホを取り出す。

 そして自分も収まる様に、スマホで子猫を撮影した。


 しかしその音に驚いた子猫タマは私の膝から飛び降りる。

 そして物凄い速度で何処かへ行ってしまった。


 もう少しタマと戯れていたかったが、時計を見るといつのまにかお昼休みが終わりそうになっていた。


 名残惜しいが午後の授業に遅れないように、私はクラスに戻るのだった。


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