第20話

「それで、お前の悩みってのはビッチ呼ばわりの事か?」

「あ、ああ……」


 俺の読み通り金髪少女は呼び名に悩んでいた。

 ここまでは想定通り、問題はここからだ。


「にしてもどうしてなんだ?」

「ビッチじゃねぇ!」

「……言葉が足りなかったな、どうしてビッチ呼ばわりされてんだ?」


 ギャルならまだしも、ビッチは冗談の範疇を超えている。

 下手したら相手を傷つける言い方だし、実際金髪少女は本気で悩んでいる。


 もしかして周りの客が言っていた様に、本当に虐めを受けているのだろうか。


「わ、分かんねぇけど……心当たりはある」

「心当たり?」

「ああ、同じクラスに八神桃やがみももってのがいるんだけど、そいつが初めにあたしをビッチって言いだしたんだ」


 という事はそいつが呼び名を広めた張本人の可能性が高い。

 ならばそいつに直接話しを聞いたほうが良さそうだ。


「そう言えばお前名前なんて言うんだ?」

「あたしは蒼井奈帆あおいなほだ」

「アホい阿保?」

だ!」


 テーブルに思い切り両手を叩きつけ、俺の間違いを蒼井は訂正した。

 しかし俺はそれを無視し、鞄を持って立ち上がる。


「取り敢えずその八神とやらに話しを聞いてみる。お前は何もするな」

「ほ、本当に助けてくれるのか?」


 未だに信じなれないのか、蒼井は眉を八の字にして聞いてきた。

 それに俺はただ一言だけ答えた。


「助ける」


 そう言い残し、俺は会計を済ませて店を出た。

 その後夕飯の買い物などはせずに、真っ直ぐ家に帰るのだった。



 ◇ ◇ ◇



 部屋に戻ると、今となっては自分の物になったベッドに、制服姿の麗奈がうつ伏せで倒れていた。


 少し開いた足の間からかなり短いスカートの中が見えそうになっているが、絶対領域のその中身はここからでは見えない。


 だからと言って俺という男がいるのだから、少しは恥じらいとか持って欲しいと思う。

 俺の方が本人より気になってしまうので。


 しかしそれよりも、一体何事かと思い声を掛けようとするが、部屋全体に鳴り響くその音で理解した。


『ぐう〜』


 成る程、腹が減っていたのか。

 それなら自分で作れば良いのにと思ったが、麗奈は料理が苦手なんだったな。


 普段なら何か作るのだが、まだ体調が優れない俺はキッチンの戸棚を開き、カップ麺を二つ手に取る。


 それにお湯を注いで待っている間、円卓の近くに腰を下ろす。

 その瞬間今日の疲れがどっと出て倒れ込んだ。


 半日寝ていたとは言え、やはりまだ風邪は治っていないようで、ようやく一日が終わると思うと身体の力が抜けてしまった。


 それと同時に強烈な眠気も訪れ、いよいよ本格的に動きたくなくなった。

 カップ麺にお湯を注いであるというのに、眠気の方が優ってしまい目を瞑る。


 あーこのままだと確実に麺が伸びるだろうなと考えているくせに、俺はゆっくりと意識を手放すのだった。



 ◇ ◇ ◇



 良い匂いがする。

 先ほど入れたカップ麺の香りが鼻腔を擽るが、それよりも魅力的な匂いが俺の脳を支配していた。


 その匂いに俺は目を覚ます。


 いつのまに俺は頭の下に枕など敷いたのか。

 それもこれ程寝心地の良いものなどあっただろうか。


 力を抜くと少し沈むのだが適度に弾力があり、いつまでも沈むわけでない。

 丁度良い位置で止まり、寝ていてとても心地が良い。


 材質はすべすべしていて中央に窪みがあり、まるで安眠のためだけに作られた完璧な枕だ。

 俺はその枕に片手で触れる。


 人肌に暖かいそれの触り心地は最高だ。

 そう、まるで女子高校生の太腿の様な。


 ――女子高校生の太腿?


「――くすぐったいのだけれど」

「え……?」


 聞き慣れたその声に俺は目を開く。

 すると目の前には、反転した麗奈の顔があった。


 訳がわからず俺は再びその枕に優しく触れる。

 すると段々と現状を理解してきた。


 反転した麗奈の顔に、この頭の裏のとても気持ち良い感触。

 ――これは膝枕だ。


 部屋の中央にあった円卓は退かされ、俺は今部屋の真ん中で麗奈に膝枕をされている。

 一体どうしてこうなったのか。


「それよりいつまで私の太腿をまさぐっているのかしら?」

「え、あ……すまん!」


 考え方をしている最中ずっと麗奈の太腿をすりすりと触っていた。

 無意識にしていたそれを直ぐに静止させる。


 それと同時に麗奈の膝から起き上がろうとするが、麗奈の両手が俺の肩を抑えてきて、立ち上がるのを阻んできた。


「ねえ、これは何?」


 白く細い指を俺のシャツの胸あたりに向ける。

 するとそこには口紅の跡が残っていた。


 恐らくこれは蒼井が泣きついた時に着いたものだ。

 全く気付かなかった。


「逢引?」

「違うわ!」


 何が逢引だ、そもそもそんな相手は俺には居ない。

 俺は即座に否定すると、相変わらず真顔の麗奈だが、口元がほんの少し緩んだ。


 まるで違ったことが嬉しかったかの様に。


 そう言えば昼に大胆な告白をされた事を思い出す。

 それを思い出した俺の顔は一気に赤くなった。


 いや待て、あの時は好きか嫌いかの二択だったし、あれは社交辞令だったと答えを出したではないか。

 何を勘違いしているんだ。


 そんな事を考えていると、麗奈が再び話しかけてきた。


「それよりも貴方、今日私に風邪を引いたことを隠してたでしょ」


 いきなりそう言われた俺は、図星を突かれてしまい言葉が直ぐに出なかった。

 そんな俺を見て麗奈は嘆息を吐く。

 そして俺の頭を優しく撫でてきた。


「大方私に気を遣わせない様にしたのでしょう、貴方はそういう人だもの」

「……」

「でもそのせいで自分を苦しめ、更に私に計画が露見した」


 麗奈の言う通り、風邪のことは隠し通すつもりだった。

 しかしあの時保健室に運ばれた時点で、俺が体調不良だった事が麗奈にバレてしまったのだ。


 俺はきまりの悪い顔をして、麗奈から目を逸らす。

 するとそんな俺の顔を麗奈は両手で覆い、顔を元に位置に戻された。


 再び麗奈と目が合う。

 青く深みのあるその瞳に見つめられ、俺はそれに釘付けとなる。

 そんな俺を見て、麗奈はゆっくりと言葉を紡いだ。


「隠し事をされたのは腹が立つけれど、私の為にしてくれた事ならご褒美をあげなくっちゃね」


 すると麗奈は片手で俺の両目を覆った。

 目の前が真っ暗になった俺は、何をするんだと声を出そうとする。

 しかし右頬にがした事で俺は静止する。


 その後俺の目元から手を離した麗奈の顔を見た。

 雪の様な白かった頬は少し赤みを帯びており、表情はどこか嬉しそうに映る。


 俺は触れられた所を指で触る。

 すると麗奈は意地悪そうに笑った。

 まさか今のは――。


「い、今のって……」

「さあ――何でしょう?」


 軽く口元を抑えて麗奈は答える。

 猫のクッションを買ってやった時とは違う微笑みを浮かべた麗奈を見て、俺の心臓が大きく跳ねた。


 小悪魔的なその表情を見て俺は思う。


 ――めっちゃ可愛い。

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