第16話

「いやー、まさかしろがねさんと一緒になるなんて思いもしなかったよ!」


 俺の前に腰掛けている白石は、麗奈と同じグループになった事で先程から興奮しっぱなしだ。

 どうやら麗奈に色々と聞きたいことがある様だ。


 しかしそれよりも、どうしてあれだけ人気を集めている麗奈が一人残っていたのか少し気になる。


 そんな俺の心境を察したのか、白石の横に座る拓也が麗奈に理由を聞いてくれた。

 すると麗奈は縫い物をしながら退屈そうに答えた。


「何故かみんな『銀さんと同じ班なんて恐れ多いです……』って言って入れてくれなかったの」


 涼しい顔のまま答えた麗奈に、俺たちは引きつった笑みを浮かべる。

 女神の様に扱われるのにも苦労があるんだな。


 麗奈が残っていた事はこれで分かった。

 次は先程から気になっていたについて拓也に小声で尋ねてみた。


「……どうしてこうなった?」

「衛介、お前は罪な男だよ」


 俺たちが今座っているテーブルは三×二の六人席だ。

 片側には白石と拓也が座っている。


 そこはいい。

 問題はもう片側で、俺が麗奈と佐浦の間に座っているという事だ。


 班が出来た時、拓也と白石は自然に二人で片側の席に座った。

 俺はその反対側の端に座ったのだが、すると予想外にも麗奈が俺の隣に腰掛けて来た。


 それを見た佐浦は『わ……私も斉藤君の横がいい!』と言い出したので、結局俺は二人の間に座らされた。


 麗奈が横に座って来たのは驚いたが、普段控えめな佐浦が積極的に意見した事にはもっと驚いた。


 あまり自分を出さない佐浦だが、今回は謎の対抗心を燃やしていた。


 俺にはそれが何かは分からないが、もしかしたら俺たち以外の奴にも、心を開くきっかけとなるのかも知れない。


 そう思えばこれはきっと良い事なのだろう。

 うん、きっとそうだ。


「ありゃ何も分かってねぇ顔だな」

「だね、茜も大変だ」


 俺の顔を見た前の二人は大きな嘆息を吐く。

 その反応に俺は疑問符を浮かべるが、それよりも風邪の事が麗奈にバレないか心配で仕方なかった。


 咳はあまり出ないが、身体が異様に重い。

 恐らく発熱しているのだろう。


 三人には俺の不調を知られているが、麗奈にだけには絶対に知られてはいけない。

 ここは何としても平静を装わなければ。


 そう思い俺は残りの力を振り絞って普段通りに振る舞うが、白石の一言に力が抜けそうになった。


「銀さんてどこに住んでいるの?」


 裁縫の最終工程が終わった白石は、愛用しているメモ帳片手に麗奈に質問していた。

 あのポーズ、あれは白石の新聞部魂に火がついた時にするやつだ。


 次の記事は麗奈に関するものを書くつもりなのか。


 麗奈との同居の事は、何があってもバレてはいけない。

 かと言ってここで俺が口を挟んだら確実に怪しまれる。

 頼んだぞ麗奈。


「場所は言えないわ」

「そっかー、今は実家暮らし?」

「いいえ、と二人で暮らしているわ」


 二人暮らしという所は少し危ないが、兄という設定はありかもしれない。

 これなら少しミスをしても上手く修正できるしな。


「お兄さんはどんな人なの?」

「……優しい人よ、とても」


 手を止めてそう言った麗奈に俺は衝撃を受けた。

 皆は兄の話だと思っているだろうが、これは恐らく俺の事だろう。


 あまり麗奈の内心を聞けるタイミングは無いので、今のは少し驚いた。


 正直麗奈が俺のことをどう思っているのかは気になっていた。

 一度怖がらせた事もある為、てっきり嫌われているかと思っていたのだが、寧ろ印象は良いようだ。


「優しくて、料理上手で、一人困っていた私を何の見返りもなく泊めてくれた――とても優しい人よ」


 まるで想い人の事を語るように、麗奈は嬉しそうな表情でそういった。

 その顔を見た途端、火傷したのかと勘違いする程、自分の顔が熱くなる。


「ええーいいなぁ、お兄さん絶対イケメンだよね!」

「だな、それに銀さんクラスの美少女を放っておく方が変だしな」


 拓也がそう言った直後、白石が拓也の腹に肘鉄エルボーを入れる。

 それが見事鳩尾に入った拓也は、腹を抑えて机に倒れこんだ。


 あいつ、を知ってるくせに言ったな。

 罪な男はお前の方ではないか。


 それにしても顔が熱い。

 手で触ったら火傷するくらい顔が熱い。


 全く、これなら麗奈の気持ちなど聞かなければ良かった。

 ――これでは変に意識してしまうではないか。


「あら、どうかしたの?」

「……何でもないよ、


 俺が態と顔を隠していると知っていながら、麗奈は少し楽しげな顔で煽るように声を掛けてきた。

 そんな麗奈に俺は小さく嘆息を吐く。


 どうしてこんな性格が悪い奴に褒められて――これ程までに心が舞い上がっているんだ。

 もしかして俺は変態なのか。

 いや、俺は至ってノーマルだ。


 これはきっと社交辞令だ。

 居候の身である自分が、家主の悪口を言えるわけがない。

 だからここでは俺を褒めたのだ。


 そういう事にしておこう。


「あ……あの!」


 考え事をしていたら麗奈とは逆の方に座る佐浦が会話に入ってきた。

 その声に全員佐浦の方に顔を向ける。


「銀さんはの事――好きですか?」


 何故か麗奈を敵視している佐浦は、周りの事など御構い無しに、とんでもない事を麗奈に聞くのだった。

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