第15話

 学校に着いた俺は下駄箱で靴を履き替え教室に向かう。

 麗奈は恐らく先についているだろう。


 一年生の教室は屋上の一つ下の三階にある。

 俺は手摺てすりに掴まりながらゆっくりと階段を上った。


「……結構しんどいな」


 ここまで来るのにかなり体力を消費した。

 後はこの階段を登るだけなのだが、永遠と終わりが見えない様に思える。


 今はもう一段登るのに十秒くらいかかっている。

 このままだと教室に着く頃には遅刻確定だ。


 そんな事を考えていると背後から誰かが俺に声を掛けてきた。

 その声に俺は力の抜けた笑いで答える。


「大丈夫かよ衛介?」

「拓也か……」


 俺の心配をしてくれているのは朽木拓也くちきたくや

 転校したばかりでまだ右も左も分からない俺に、学校の事を細かく教えてくれた茶髪の爽やかイケメンだ。


 一番初めに話しかけてくれたという事もあり、この学校で初めての友達と呼べる人間である。


 そんな拓也は様子が可笑しい俺に気付き肩を貸してくれた。

 少し『お節介』な所もあったりするのだが、今はそれを『思いやり』として受け取っておこうと思う。


「何だよ、風邪なら休めば良いのに」

「……そうもいかなくてな」

「そうなのか、なら仕方ねぇな」


 深く追及してこない拓也の肩を借りて漸く教室に着く。

 席に荷物を置いたら、その上から倒れる様に机に突っ伏した。


 何とか時間には間に合った。

 出席を取ったら直ぐに保健室に行きたい所だが、一限目は隣のクラスと合同での科目だ。

 これだけは絶対に欠席出来ない。


 この学校では月曜日の朝に技術系の科目が組み込まれている。

 あまり他の学校では見かけない形式だが、どうやら遅刻防止の対策らしい。


 週に数回しか無い科目を朝に持ってくる事で、遅刻をすると単位が取れなくなるという少し意地悪いやり方だ。


 別に一度の欠席くらいなら問題無いのだが、出来る限り少ない方が良いに決まっている。

 なのでこれだけは欠席しないつもりだ。


『はーい全員出席ね、夏休みまでこの調子でみんな頑張ってね〜?』


 朝の出席確認が終了し、クラスメイトたちは別の教室に向かって行く。

 俺もそれに付いて行くが、風邪の所為で周りより遅れていた。


 すると前の方から態々俺の方に戻ってくる人影が見える。

 その影は複数あった。


「衛介、本当にそれで授業受けれるのか?」

「うわ〜斉藤っちストイックだね」

「む……無理しちゃダメだよ斉藤君!」


 俺を気遣って戻ってきてくれたのは拓也とそれから、白石杏子しらいしあんず佐浦茜さうらあかねだ。


 白石は明るい茶髪を黄色のシュシュでポニーテールにしている。

 拓也とは幼馴染らしく、転入初日に拓也と一緒に話しかけてくれた。


 新聞部に所属しており、噂話が大好きで良いネタは無いかと日々探している。

 見た目通り活発な奴だ。


 佐浦の方は綺麗なその濡れ烏の黒髪が特徴的な奴だ。

 目が隠れる程前髪を伸ばしており、実は素顔をきちんと見た事が無い。


 趣味はアニメ鑑賞や漫画を読む事らしく、よく白石と本の貸し借りをしているという。


 小柄な体格も相まって、あまり人と話すのが得意ではないらしく、心を開いているのはここにいる三人だけという。

 まあ友達なんて数より質だし、態々沢山作る必要はないと思う。


 それから佐浦は俺と話す時、普段より少し上機嫌になるのだが、それが何故かはよく分かっていない。


 どうやら白石と拓也は知っている様だが、教えてくれなかった。


 何故だ。


「……この授業だけは出ようと思ってな」


「まっ、転入したばっかだしな」

「男だね〜斉藤っち」

「じ、授業終わったら一緒に保健室行くよ!」

「はは……ありがとう佐浦」


 普段より大きな声で付き添いをしてくれると佐浦はいってくれた。

 俺はそれが嬉しく、今できる最高の笑顔で感謝する。


「ありゃたらしだな」

「そうね、たらしね」

「誰がたらしじゃ」


 拓也と白石の、丸聞こえのひそひそ話にツッコミを入れたところで、漸く目的地の家庭科室に到着した。


 俺のクラスの一時限目は家庭科だ。

 基本的にはいつもここで授業を行っている。


 今日は前々から作っている巾着袋の提出日だ。

 しかし俺は転入したばかりで物が無い。


 なので今回は風邪という事もあり、見学となった。

 今日限りは有難い話だ。


『それじゃあ五人組の班を作って下さい』


 家庭科の担当教師がそう告げ、皆は各自グループを作る。


 俺のクラスと隣のクラスを合わせると合計五十人。

 十グループでぴったりになる計算だ。


 そういえば隣のクラスには麗奈がいた事に気付く。

 あいつは他の奴と上手くやっているだろうか。


 まああれだけの人気だ。

 本人が何もしなくても、周りが麗奈と組みたがるだろう。


 そんな事を思いながら俺は拓也達と一緒になり、あと一人でグループが成立する状態になる。

 恐らく誰か一人残る筈なので、少しまっていると案の定一人残っていた。


『じゃあしろがねさん、あそこのグループに入れてもらって?』

『はい』


 残った生徒は教師の指示に従いこちらに近付いてくる。

 その生徒の声に俺は聞き覚えがあった。


 それは最近よく聞いている声にそっくりで、振り返ってみると良く知った顔だった。


 拓也たちもその声の主が同じグループになった事にかなり衝撃を受けており、ここにいる誰もがその者の登場を予想していなかった。


「――銀麗奈しろがねれなです、よろしく」


 何故ならそいつは学校一の美少女と謳われている、あの銀麗奈本人だったからだ。



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