第12話

 あれから頭が冷えた俺は、目覚めた麗奈と予定通り買い出しに外へ出ている。

 時刻は十時と少し遅めだが、今日はやる事が大いにある。


 家を出たらまずは駅の方に向かう。

 目的は駅前にある大型のディスカウントストアだ。


 余談だが麗奈の格好は制服ではなく、俺の服を上から着てもらっている。

 制服姿では同じ学校の者に見つかる恐れもある為、黒のパーカーとキャップで軽い変装をしてもらった。


 しかし変装すれば人目を気にせずに済むだろうというその判断は浅はかだった様で、しっかりと注目を集めてしまう。


 小柄な麗奈が男物のパーカーを着れば勿論ぶかぶかになる。

 しかし逆にそれが可愛さを演出し、一つのコーデとして成り立っていた。


 元々の美少女属性に、可愛い属性まで乗せれば正に鬼に金棒だ。

 俺も見ないようにしているが、その格好に自然と目が向いてしまう。

 それ程までに周囲の目を集めていた。


 結局存在感満載の状態になってしまい、俺の狙いからは見事に遠ざかったのだった。

 今の俺はただ祈る事しか出来ない。

 どうか学校の者に会いませんようにと。


「指なんか絡めて、何を祈っているの?」

「これ以上悪い事が起きない様にだ」

「そう、苦労しているのね」


 無表情で他人事の様に振る舞う麗奈に少し腹が立つ。

 その苦労の中心にはいつも自分がいる事を本人は自覚していないようだ。


 いつか麗奈にもこの苦労を味わってもらいたい。

 いや味わわせてやる。


 そんな事を考えていると目的地の駅前に辿り着く。

 青いペンギンがトレードマークのそのお店は食品から生活用品、更にはテレビなど家電製品まで販売しており、店一つで全て揃う程の品数だ。


 そして一番の売りはその破格な価格設定だ。

 どれをとっても多店舗より安く、学生の俺たちは重宝している。

 流石『格安の殿堂』と謳うだけの事はあるなと思う。


 今日はここに寝具を買いに来た。

 因みに購入するのは俺の分だ。


 今使用している枕は割と良いやつで、麗奈にはそれを使用してもらうつもりだ。


 俺は別に寝られれば何でも良いので一番安い奴にする。

 特に拘りとかは無い。


 正面から入り、二階に繋がる階段を上って行く。

 様々な装飾がなされているその階段を登りきり、天井から吊るされている案内を見ながら枕コーナーに向かう。


 歩いて数分、枕がずらりと並ぶ場所に辿り着つと、人目につく場所に『目玉商品』と書かれたポップに目に付いた。


「これで良いか」


 値段の割に品質が良いらしく、コストパフォーマンスに優れていると書かれているそれを一つ取る。

 これで枕は決まった。


 後は麗奈のパジャマを選ぶだけなのだが、その本人の姿がいつのまにか消えている。


 まさか迷子になったのかと思い探すと、近くのクッションコーナーでとある商品を見つめていた。


「何やってんだ、あいつ?」


 近付いて見ると、そこには可愛らしい猫のクッションが置かれていた。

 それを麗奈はまじまじと見ている。


 いつも無表情で何を考えているのかよく分からないが、今回だけは分かった。

 そのクッションが欲しいのだろう。


 声を掛けてみたが反応が無く、今の麗奈を支配しているのは目の前の猫クッションだった。

 俺はその光景に嘆息を吐く。


「それ以上見てやるな、穴が空くぞ」

「ミケが私を見つめて離さないの」

「名前を付けるな」


 もう名付けは終了している様で、このままだとここから離れるのは難しい。

 俺は頭を掻きながら、そのクッションを一つ取り麗奈に手渡した。


「いいの?」

「……穴だらけのミケを見たく無いからな」


 そういった俺は頬をかいて目を逸らす。

 別に麗奈を喜ばせたいとか、喜ぶ顔が見たいとかでは訳では無い。

 こうしなければ、いつまでもここから離れられないと思ったからこうしただけだ。

 他意はない、そうないんだ。


 俺から手渡されたそのクッションを、麗奈は大事そうに力強く抱く。

 そして俺に一言だけ言ってきた。


「――ありがとう」


 目尻を下げ、口元を緩ませて麗奈はそう言う。

 その優しい笑顔に、俺は顔中真っ赤になり心臓が勢い良く跳ねた。


 麗奈といると本当に調子が狂う。

 もしかしたら本当にいつか俺の心臓はダメになるかもしれない。


 それでもこの幸せな表情を見せられたら、誰だって嬉しくない訳が無い。

 俺はそんな気持ちを心の奥底で留め、気恥ずかしさからゆっくりと歩き出す。


 因みに先程他意はないと言ったが、あれは嘘だ。


 ――実は少しだけあった。

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