第13話

 枕とクッションを入れた買い物かご片手に、次に向かうのはパジャマコーナーだ。

 と言っても買う物は決まっており、三種類違う柄の入った徳用のやつである。


 それを二セット購入すれば十分足りるという寸法だ。

 麗奈には悪いがそれで我慢してもらおう。


 パジャマコーナーに着いたら、目的の品を探す。

 するとすぐに見つかったが二種類あることに気付いた。


 一年通して使える長袖タイプと、これからの夏に着やすい半袖とショートパンツタイプの物が横並びで置いてある。


 長い目で見れば前者の方が良いが、夏の間を長袖というのは過ごし辛いだろう。

 一応麗奈にどちらが良いか聞いてみると、案の定半袖セットに指を差した。


 流石に居候とはいえ、冷房を効かせていないと居られない部屋の中で、長袖を着せる程俺も鬼じゃない。


 俺はその棚から柄が被らぬように服を取ったら、買い物かごに入れてレジに向かう。

 これでパジャマ選びも終わりで、この店には用は無くなった。


 今日はまだまだやる事が残っているので、会計が済んだら次の店にさっさと移動だ。


 しかしここで物を購入したことに後々後悔するのだが、今の俺はその事に気付けなかったのだった。



 ◇ ◇ ◇



 時刻は昼下がりの午後三時。

 買い出しを終えて帰宅した俺たちは、購入リストを見ながら買った物を確認する。


 寝具は枕以外にも、敷布団と薄い掛け布団を買った。

 これで俺の物は終わり。

 後は全て麗奈の物だ。


 麗奈の物は先程買ったパジャマと肌着、それから追加で下着だ。

 コンビニで買った物はその日の分だけなので、たった二枚しか無い下着を洗って回すのは流石に厳しい。


 なのでせめて一週間分は無いと困るので、財布を渡して一人で買いに行ってもらった。


「一通り揃ったな」

「ええ、十分過ぎるほどに」


 麗奈の言うように、正直ここまでやってやる必要は、全くと言っていい程無い。


 幾ら子供とは言えもう十七歳だ。

 バイトをしてもらい家賃を取る事だって出来るし、生活必需品を自分で確保してもらう事だって出来た。


 しかし俺はそれを敢えてしなかった。


 麗奈がどんな経緯で家出をしたのかは未だ不明だ。

 けれど頼れる人もおらず、行く当ても無いまま外の世界に麗奈は出た。


 そして唯一の希望を見つけた。

 それならその希望が、安らぎの場所を与えてやってもいいと思う。


 大人達は俺の事をただの馬鹿だと言うだろう。

 正直これは偽善者のやる事だ。


 しかしそれでも麗奈は困っていた。

 だから助けてやりたかった。

 ――もう困っている女の子を見たくないから。


 それに俺はあの笑顔を見てから決めたのだ。

 麗奈にはもっと笑って欲しいと。


「何よじろじろと」

「……何でもない」


 いつのまにか麗奈を見つめていた俺に気付いた麗奈は、訝しそうな目で見てきた。

 また麗奈に何か言われるのは嫌なので、すぐに目を逸らし話題を変える。


「ここまでやってやったんだ、今日の夕飯はやってもらうぞ」

「……」

「どうした?」

「……何でもないわ」


 先程の俺の様にばつが悪い顔を麗奈は見せる。

 その様子に俺は少し怪訝するが、その答えはすぐに分かった。



 ◇ ◇ ◇



 時刻は更に進んで十九時。

 俺たちは円卓を挟んで座っていた。


 テーブルの上には予定通り麗奈が作った夕飯が一つ置かれている。

 しかしそこにあったのは炭のような黒い塊だった。


「……これは何ですか?」

「よく洋食屋さんで見かけるでしょう? あれよ」

「どれだよ」


 これほど黒い料理を店が出すわけ無いだろう。

イカスミパスタより黒いではないか。

 というかこれは本当に料理なのかすら怪しい。


 しかし先程麗奈がキッチンで何か作っていたのは見ていた。

 なので一応料理なのだろう。


「分からないのかしら、もしかして貴方世間知らず?」

「因みに知名度は?」

「北から南までみんな大好きよ」


 どうやらこの黒塊はわりとポピュラーな料理らしい。

 申し訳ないが今まで一度も見たこと無い。

 麗奈はもしかして海外の人間なのだろうか。


「全く知らん」

「食べた事が無いなんて可哀想……」


 眉を八の字にして口元を抑える麗奈は、俺を見て同情の眼差しを向けてくる。

 気の毒だと思われているが、俺はこんな黒塊を知らなくて心底幸せだと思った。


 それにしてもビジュアルだけでは正体が分からないので、手元にあるスプーンで真ん中を割ってみる。

 すると中には少し黒みがかった具の入っていないケチャップライスが見えた。


「まさかオムライス?」

「……」

「え、オムライスなの!?」


 俺の言葉に麗奈は顔を逸らして無言を貫く。

 その様子に俺は唖然した。


 一番驚いたのはこれがオムライスだった事では無く、それがバレるまで自信満々だったその態度だ。


 今は正体がバレてしまい、無表情のままそっぽを向いている。

 そんな様子に俺は嘆息を吐くと、白い頬を桜色に染めた麗奈は小声で話した。


「……料理はあまり得意では無いの」


 学校指定のスカートをぐっと握り、顔を背けて麗奈はそう言った。

 又しても見たこと無い表情に、再び俺の心臓が大きく跳ねた。


 何だよその反応。

 ――それは卑怯だろ。


「できないなら先に言えよ」

「……」


 先程の威勢は何処へやら、今度は黙りこくってしまった。

 俺は頭をがしがし掻きながら立ち上がりキッチンの方に向かう。


 数分後再び円卓に戻り、麗奈の前にオムライスの乗った皿を置いた。


「悪かったって、今度教えてやるから飯当番は交代でやるぞ、いいな?」

「……分かったわ」


 少し不貞腐れながら、麗奈は俺のオムライスを口にする。

 すると数口で不機嫌は解消され、今は美味しそうにオムライスを頬張っていた。


 単純な奴だなと思いながら、俺は麗奈の黒焦げオムライスを水で流し込みながら完食した。


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