第10話

『……ありがとうございましたー』


 男性店員のその言葉を背後に、俺と麗奈はコンビニを出る。

 俺の手には白いビニール袋と他に、外からは中身の見えない紙袋が握られていた。


 食事が終わった俺たちは、コンビニに出向いた。

 購入するものはお菓子や飲み物だが、それは飽くまで陽動デコイ


 本当の狙いは他にあった。


「――てか何故これを俺が持たなきゃならないんだ!」


 利き手に握られたその紙袋を麗奈に突き付ける。

 シンプルな外見のそれを横目に、麗奈は涼しい顔で答えた。


「受け取ったのは貴方でしょう」


 そう、この普段コンビニではあまり見ることのない紙袋。

 その中に今回の目的の品が入っている。


 態々勿体振る必要も無いな。

 中身は勿論――女性用下着だ。


 それを何故か俺が持っていた。


 麗奈の言うように、店員は何故か俺に向けて袋を差し出してきた。

 確かに支払いをしたのは俺なので、品を俺に渡すのは筋は通っている。


 しかし店員は中身を知っているにも関わらず、敢えて俺に差し出した。

 それは何を示していたのか。


 ――恐らく腹癒せだろう。


 会計の担当をした店員は俺たちがレジに着いた時に、真っ先に麗奈を見た。


 美しい銀髪と深みのある鮮やかな碧い瞳。

 文句無しの美少女だ。

 男なら一度は誰しも見てしまう程のその容姿に、店員は見事見惚れていた。


 しかし横にいた俺を見た途端、店員の態度は豹変。

 あからさまに苛立ち、眉間に皺を寄せて仏頂面で袋詰めを行なっていた。


 その途中に『こんな奴の何処が良いんだよ……』とか言っていたな。

 どうして俺がディスられなきゃならんのだ。


 終いには周りに聞こえる様な声で『中身が見えない様、紙袋にお入れしますねー』と言って笑顔で俺にそれを渡して来た。

 どう考えても俺への嫌がらせ行為だろう。


「兎に角これはお前が持て」

「けどもう部屋前よ?」


 再び麗奈に紙袋を突き付ける。

 しかしそれを渡す頃には玄関前に着いてしまった。


 結局人目に触れる所では俺がずっと所持していて、何だか少し恥ずかしい思いをした。

 救いなのはその姿を余り他人に見られていなかった事くらいか。


「もういい、先に風呂に入ってくれ」

「……貴方私の残り湯で、本当に何もして無いでしょうね?」

「してねぇわ!」


 俺に一度男の怖さを教えられた麗奈は、細い腕で身を抱いて怪訝そうな瞳を向けてくる。

 自分の所為とは言え少し腑に落ちない。


 そう考えながら部屋の鍵を手に取りドアを開ける。

 麗奈は風呂場、俺はベッドに向かった。


 湯船は食後に用意しておいた為、すぐに入れる様になっている。

 俺はベッドに横になり、イヤホンで音楽を聴きながら麗奈が終わるのを待った。


 しかし先程の麗奈の言葉を思い出し、自分の部屋なのに何だか落ち着けずにいた。


「くそ、変に意識しちまったじゃねぇか」


 別に麗奈の残り湯をどうこうするつもりは一切無い。

 俺は至ってノーマルだ。


 しかしノーマル故に、年の近い女子が入った後の風呂場に対して心を無にする事など出来ない。


 俺だって男だ。

 同年代の女子を意識しない訳が無い。


 ましてやあの美少女が入った風呂だ。

 もしかしたら金を取られるのではと思ってしまう。


 一度意識してしまうと中々忘れる事が出来ない。

 大音量で流している曲よりも、今は麗奈の事の方が脳を支配していた。


『……よ』


 俺はそんな煩悩を断ち切る為に目を瞑る。

 意識は耳に集中させ、全神経で音楽を聴く事にする。


『……ったわよ』


 視覚を遮断する事によって、聴覚が敏感になる。

 その分耳に入ってくる情報が大きくなり、少しずつ煩悩が消えていった。


 しかし後一歩という所で、耳元で流れていた音楽が突如として消えた。

 何事かと思い目を開くと――視界いっぱいに麗奈の顔があった。


「上がったわよ」

「――なっ!」


 麗奈の両手には俺が付けていたイヤホンが握られている。

 音が消えたのは麗奈の仕業だった。


 しかしそれを抜くため麗奈は、仰向けの俺に覆いかぶさる様にベッドに乗っていた。


 今回はバスタオル一枚では無く、事前に用意した俺の部屋着を着ている。

 しかし大きさがあっておらず、肩が露出しており目のやり場に困った。


 そんな態勢や格好に驚き、すぐ様離れようとするも、麗奈は俺を逃さぬ様両腕で逃げ道を塞いできた。


 深海の様な濃い碧眼が俺をじっくりと見つめてくる。

 息が吹きかかりそうなその距離で目が合ってしまい、俺は堪らず目を逸らした。


 しかし麗奈の方は依然として俺を見つめてくる。

 頬を膨らませ、整った眉の間に皺を作って。

 どうやら御立腹の様だ。


「な……何だよ」

「音楽を聴くのは構わないけど、せめて私の声が聞こえる程度の音量にしてくれるかしら?」

「わ、分かったから降りてくれ!」


 無理矢理退かす訳にもいかず、俺は麗奈にそういうしかなかった。


 俺の答えに少し不満げな顔を見せる麗奈だが、黙ってベッドから降りてくれた。

 ひとまずこの場は見逃してくれたようだ。


 麗奈から解放された俺は平静を装い風呂場に向かう。

 しかし脳内を支配しているのは依然として麗奈の事だった。


「……何で同じシャンプーなのに、あんな良い香りするんだよ」


 そんな事をぼやきながら、俺は麗奈の去った風呂場で一人悶々としていた。

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