第8話

「卑怯だぞ!」

「勿論、胸に触れたら大声を上げるわ」


 俺を煽る麗奈の表情に少しばかり怒りを覚える。

 もしも麗奈が男なら今すぐあの顔に一発入れてやりたい。


 しかしそれでは痴漢と同程度、いやもっと下か。

 前にもこの様な事はあっただろう。

 冷静になるんだ。


 強く握った拳を抑制し、大きく深呼吸して心を落ち着かせる。

 高まっていた感情を鎮静させたら、真っ直ぐ麗奈を見つめた。


少し不本意だが、麗奈には一度怖い思いをしてもらおうか。


「――本当に良いんだな?」

「……え?」

「悪いがどうせ触れてしまうんだ、それなら徹底的に揉みしだいてやる」


 そういった俺はゆっくりと麗奈に距離を詰める。

 俺の反応が予想外だったのか、前進してくる俺から離れる様に麗奈は後ろに下がった。


 しかし俺の部屋は角部屋。

 麗奈の背にはもう空間が無く、背後に回避するのは出来なくなっていた。


「あ……貴方本気なの?」

「どうした、こうなる覚悟があったんだろう?」


 動揺を隠そうと冷静を装う麗奈だが、それが虚勢だという事は猿でもわかる。

 そんな麗奈に対して、俺は悪い笑顔で近付く。


 追い詰められた麗奈は自身を抱いて、その場に崩れ落ちる。

 その少しツリ目な碧眼に大粒の涙の涙を溜めて。


 ――やば、やり過ぎた。


「じ、冗談だ……本気にしないでくれ!」


 そう伝えるが完全に怯えてしまった麗奈には、俺の言葉を聞いてくれない。

 俺は一旦麗奈から距離を取り、落ち着くまで待つのだった。



 ◇



 数分後、落ち着きを取り戻した麗奈を確認したら、様子を見つつ話しかける。


「……マジで悪かった」

「か弱い乙女に獣剥き出しなんてあり得ないわ……」


 何がか弱い乙女だよ。

 最初に挑発してきたのはそっちだろうが。


 しかし俺もやり過ぎたのは事実だ。

 まさか泣かせる一歩手前まで行くとは正直思っていなかった。


 まあ結果として狙いは完了した。

 男を脅そうとすると、逆に大変な目に合うという事を、身をもって思い知っただろう。


 それにしても先程から気になっていたが、どうして麗奈は他の者に頼まないのか。


 俺と違い麗奈は入学からあの学校にいたのだ。

 友人の一人や二人いても可笑しく無い。


「どうして俺なんだ、他の奴らに当たってみろよ」

「そんな人私には居ないわ」

「……悪い」


 地雷を踏んでしまった。

 まさか友人が一人もいないなんて。

 アニメや漫画でしか見た事ないぞ。


 それにしても友人が居ないにしても、知人や親戚の所は流石にあるだろ。


 ――俺の所に来る辺り、居ないんだろうな。

 そう思えると少し可哀想に思えてしまう。


 しかし折角の独り暮らしがこれでは出来なくなってしまう。

 かといって情の湧いてしまった相手を、今更放っておく程薄情なつもりは無い。


 一体どうすれば良いだろう。

 というかどうして俺がこんなにも葛藤しなければならないんだ。


「……もういいわ」

「え?」

「寝られそうな所を探してくる、このままだと真っ暗になってしまうもの」


 夕焼け空を眺めながら、そう口にした麗奈の表情は笑顔だった。

 しかし何処か痛々しく、少し悲しさを感じさせる。

 そんな笑顔だった。


 それを見てしまった俺は、いつか言われた言葉を思い出す。


『困ってる人を見つけたら、助けてあげなきゃダメだよ?』


 その言葉を思い出すと、いつも胸を締め付ける。

 この苦しさがの事を鮮明に思い出させくる。


 これは呪いだ。

 もう二度と同じ事は繰り返さない為の戒めの言葉だ。


「……はぁ」

「どうかしたの?」

「我儘は聞かないからな」

「え?」


 俺の言葉の意味が分からないのか、麗奈は困り顔を向けてくる。

 しかし俺は敢えて説明はせず、ポケットからルームキーを取り出し部屋のドアを開いた。


「因みに文句も受け付けないぞ」

「……いいの?」

「中に入るかはお前が決めろ」


 本当に俺は馬鹿だと思う。

 こんな選択して、どんな面倒がまっているか予想出来ないのに。

 まさに前途多難だ。


 しかし俺は後悔しない。

 これからどんな事が起きようとも、俺は乗り越えて見せる。


 そう思いながら、俺は麗奈と共に中に入ったのだった。

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