第4話

「やっちまった……」


 眠りから覚醒した俺はその第一声と共に頭を抱えた。


 自身の横に顔を向けると、そこには昨日知り合ったばかりの女子生徒――麗奈が可愛らしく寝息を立てている。

 それを見つけた瞬間、俺は深い嘆息を吐いた。


 転校初日の緊張と長距離を歩いた後の疲労で、昨日はあまり頭が回っていなかった。

 だからだろうか、普段なら絶対にあり得ない選択をしてしまった。


 出会ったばかりの女子と同じ部屋で夜を共にして、更には同じベッドで就寝。

 おまけに相手は超が付くほど美少女だ。


 こんな事が学校の奴らに知れれば、間違いなく俺の残りのスクールライフは地獄となるだろう。


「違う、俺は麗奈の要求を呑んだだけだ」


 そうだ。

 そもそも一緒に寝ようと言ったのは麗奈の方からだ。


 ならば俺は被害者。

 この件に関しては言い訳ができるという事だ。

 そういう事にしておこう。


 それにまだ誰にも知られていない。

 麗奈さえ口止めしておけば良いだけの事。

 どうにかなる話だ。


「とりあえず飯でも作るか」


 時計を見ると針は五時を指している。

 ここから二度寝するのも良いが、また麗奈の横で寝れるほど、寝ぼけてはいない。

 なので俺はベッドから立ち上がった。


 ここから学校の距離とかかる時間は昨日の時点で調査済みだ。

 七時半に家を出れば徒歩でも余裕で学校に間に合う。


 それまでに飯と準備を済ませれば良いだけの話だ。

 そうと決まれば俺エプロンを巻いてキッチンに立つ。


 そして朝飯の準備に取り掛かるのだった。



 ◇ ◇ ◇



 朝食の用意が出来た頃に、ベッドの方から足音がこちらに向かってくる。

 振り返ってみるとそこにはまだ眠そうにしている麗奈がいた。


 物音で起きたのか、はたまた匂いにつられたのかわからない。

 しかし麗奈の目は俺と背後の料理に向けられていた。


「何をしているの?」

「朝飯だ、顔洗って来い」

「至れり尽くせりね」

「……一応お客さんだからな」


 そんな俺の反応に、麗奈は小さく笑う。

 そしてそのままユニットバスの方へと消えて行った。


 別に麗奈の為に作った訳ではない。

 朝飯は一日の原動力になるから作っただけだ。


 それに一人前を作るのも二人前を作るのも、労力自体はそれ程変わらない。


 だから決して麗奈の為に作った訳では無い。

 本当だ。


「たく、誰に言い訳してるんだか……」


 セルフ突っ込みを入れつつ、料理を部屋の円卓に移動させる。

 朝食の準備が出来たところで、ある程度身だしなみを整えた麗奈が戻ってきた。


 「美味しそうね」

「……そりゃどうも」


 お初の時は刺々しい態度だったのに、今は素直に褒めてきた。

 そんな急な態度の豹変に、俺はやり辛さを感じながらも食事を開始しようとする。


 しかし俺が両手を合わせて待機していると、麗奈は何も言わずに箸を持ち出した。

 俺はそんな麗奈に声を掛けて静止させる。


「合掌が先だ」


 それを聞いた麗奈は、目を見開き驚いた顔をする。

 しかし直ぐに無表情に戻り、握った箸を置いた。


「ごめんなさい、きちんとした食事は久しぶりだから」

「……あっそ」


 そんな一言に俺はいらぬ考えをしてしまった。


 家を出てから何日経っているのかとか。

 普段はどんな食事の取り方をしているのかとか。


 しかし変に勘ぐるのは控える。

 どうせ今日で終わりの関係だ。


 麗奈も両手を合わせたところで、俺たち二人は声を合わせるようにして合掌した。


「「いただきます」」


 その掛け声と共に漸く食事を始める。

 すると焼き魚を一口食べた麗奈は小さな声でぼそりと呟いた。


「美味しい……」


 自分の皿の上にに乗っている焼き魚を見ながら麗奈は口にした。

 その後は次々と箸を進めていく。


 そんな姿を微笑ましく思いながら、麗奈に対して抱いていた印象を、少しばかり更新する必要があるなと思った。

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