第2話

「――って何で付いてくるんだ!」


 公園を出て再びマップ機能で家までの帰路を探していると、背後からコツコツと靴音が聞こえてくる。

 振り返ってみると、そこには先程助けてやった少女が立っていた。


「好きにしろって言ったじゃない」

「ストーカーを好きにさせる訳無いだろ!」


 無表情なまま腕を組み、当然の様にストーカーしている彼女に怒鳴ると、深い嘆息を吐かれた。


「余裕の無い男は嫌われるわよ?」


 その態度と言葉に怒りが沸沸と湧いてくる。

 しかし彼女の言い分も正しい。


 感情任せに怒鳴る奴に、誰だって話なんてしたくない。

 俺は一度深呼吸して、落ち着きを取り戻してから再び彼女に問う。


「――で、何の用だよ」

「貴方迷子でしょ?」


 どうやら俺の行動を見ていたらしく、そう思ったようだ。

 認めたくないが、確かに俺は今絶賛迷子だ。


 結局このマップアプリも情報が古く、今とは道がかなり変わっている。


 なので先程から出たい道に出れず、いつまでも家路につけなかったのだ。


「……そうですけど?」

「私が道を教えてあげる」

「は?」

「その代わり、貴方の家に一泊させて頂戴」


 目の前の少女が何を言っているのか一瞬分からなかった。

 しかし数秒で理解する。


「どうして一泊させなきゃならん」

「私、今家出中なの」


 制服姿の少女は家出中だと告げる。

 成る程、だからあんな時間に公園にいたのか。


 彼女の交渉に俺は悩む。

 良く知りもしない奴を部屋に上げるのは嫌だし、先程の態度をから俺の中での彼女の印象は良くない。


 しかしもうすぐ二十三時になる。

 このままではまた補導される可能性があるので、彼女に協力を要請するしかなかった。


「仕方ない、今回だけだぞ」

「このままだったら貴方も危険だったでしょうに」

「うっさいヤドカリ女」


 結局俺は彼女の後を付いて行き、何とか二人で帰宅できたのだった。



 ◇ ◇ ◇



「綺麗にしてるのね」

「まだこっちに越して来たばかりだしな」


 家に着いた俺は、彼女を部屋に上げて荷物を置いた。

 そして冷蔵庫から麦茶を取り出し、用意した二つのコップに注ぐ。


「ほら」

「あら、ありがとう」


 手渡された麦茶を彼女は飲む。

 目を伏せる彼女は、両手ででゆっくりと麦茶を味わう。

 喉が渇いていたのか、一口で飲み干していた。


 そんな姿を横目で見ていて、俺はその少女について考える。

 彼女の容姿は一般的に言えば、美少女で間違いないだろう。


 艶のある細い銀髪に、鮮やかな青い瞳。

 すらっと伸びた白肌の手足が、とても眩しく映る。


 精巧に作られた器の様に美しいその姿に、俺は少しばかり魅了されてしまう。


「どうかしたの?」

「な、何でもない……それより名前はなんて言うんだ」

麗奈れなよ」

「じゃあ麗奈、何で家出なんかしてんだよ」


 あのまま外にいたら変な奴に絡まれ大変な目にあっていたかもしれない。

 先に見つかったのが警察だったのが唯一の救いだったが。


「……それは話せないわ」

「そうか」


 事情を知られたくないと言いたげに麗奈は暗い顔を見せる。

 まあ正直なところ麗奈の家庭環境に特段興味は無い。


 下手に首を突っ込むよりは、知らない方が良いだろう。

 知らない方が幸せ、この状況にぴったりな言葉だ。


 それに麗奈とだってどうせこの一夜限りの関係なんだ。

 同じ学校ではあるが、今後会うこともないだろう。


「とりあえず風呂入っちまえ」

「……まさか美少女の私が入った後の湯を、たっぷりと堪能するつもりなのかしら?」


 華奢な腕で自身の身を抱く麗奈は、訝しげな目で俺を見てくる。

 そんな態度をとる麗奈に、俺は頭を乱暴に掻いて面倒臭く答えた。


「一番風呂を譲ってやってんだ、早く入れ」

「そう言えば貴方の名前は?」

「衛介だ」

「そう、良い名前ね」


 そう言って麗奈は風呂場の方に向かって行く。

 タオル等は予め中に置いてあるので、後は勝手にやってくれるだろう。


 うちの風呂は所謂三点ユニットバスであり、浴槽とトイレが一つの部屋に合併しているタイプだ。


 メリットは掃除が楽な所で、デメリットは一人が使うともう一人がトイレも風呂も使えなくなる所だ。

 独り暮らしなら問題無いが、二人以上で暮らすとなると使い辛かったりもする。


 そして何より一番厄介なのは壁が薄い所為で、中の水音などが聞こえてしまう事だ。

 実際今も、シャワー音が部屋全体に響いていた。


 俺のすぐ横であの麗奈がシャワーを浴びていると考えると、何だか落ち着かない。

 自分の家なのに居辛いと思ったのはこれが初めてだった。


 聞こえてくるシャワー音を遮断する為、イヤホンを耳に付けてスマホで曲を聴く事にした。


 そして俺はそのまま麗奈が終わるのを待つのだった。

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