第3話 怪しい本


 空は青く、行き交う人々の足取りは軽い。

 しかし駅の近くにあるキミラノ書店は、土曜日だというのに人はまばら。


 近くで路上イベントが開催されているため、お客をそちらに取られていた。

 頼りになる副店長の綴野つむぎも用事があるということで留守にしている。


 今一つ乗り切れない気持ちをため息にして吐き出した草壁は、カウンターの前で表通りを歩く人々を眺めていた。 


「しかし、猫屋敷と二人で店番か。 なにもトラブルがなければいいんだけど」


 草壁の心配に気づいたのかどうか、プニプニほっぺの猫屋敷華恋が金髪をなびかせながら走ってきた。


「草壁さん! ふたりっきりで店番ですね! これってラブコメ度高めのシチュエーションじゃないですか! あーっ! もしかして控室で壁ドンするつもりですか!? やる時は言ってくださいね。 カメラ仕掛けておきますので!!!!」

「不安しかないな」


 やれやれともう一度ため息をつこうとした時、店の自動ドアが開いた。

 入ってきた女性は知った顔だ。


「柴藤……か?」

「あー! 草壁くんじゃない! どうしてここにいるの!?」


 柴藤綾乃。 草壁の中学時代のクラスメイトだ。

 艶のある長い髪に何もかも見透かしてしまうような瞳。

 土曜日なのに制服なのは、午前中だけ部活動をしていたのかもしれない。


 久しぶりにあった柴藤は一段と綺麗になっていた。

 見惚れてしまいそうな美貌に視線を背けた草壁は目頭を押さえた。 


「ほんと……久しぶりだな、柴藤。 ……うぅ」

「ちょっと、草壁君! なんで涙ぐんでるの!?」

「悪い。 久しぶりに普通っぽい人に会えて、感動しちまったぜ。 へへっ」

「……地下組織にでも潜入していたのかな?」


 少し雑談をした後、柴藤から別の用事があってキミラノ書店に来たことを聞かされる。


「実はこれなんだけど」


 柴藤がカバンから取り出したのは一冊の古い本だった。

 皮張りの表紙も存在感を放っているが、開かないように取り付けてあるベルトに付いている錠前が禍々しかった。


「屋根裏で見つけたんですけど、気になって。 それで古本屋さんに相談したらここを紹介されたんだけど」

「綴野さんなら確かに何か知ってそうだけど、ついさっき出かけたばかりだかりなんだよな」


 そう言いながら草壁が本を弄っていると、鍵を回したわけでもないのに錠前がカシャンと動く。


「あ、開いた」

「ちなみにその本、夜中になると人生に疲れ切った女性のような声がするの」

「はぁ!? じゃあコレって、呪い系の代物なのか!?」


 すると本が勝手に開き出して、眩い光が辺りを包み込んだ。

 そして驚く草壁達の前に現れたのは、赤毛の女性だった。

 

「アーッハッハ! 私は本に封じられし邪竜、ディアナ・ファーブニルっす!」


 ディアナは大声で自らの正体を名乗りながら魅力的な胸をたゆゆんとさせて、メガネの位置を整える。 本人が言う通り、確かに手足部分が竜のような形状をしていた。


「さあ、人間共よ、ひざまづいて崇め奉るッス!! ニシシッ! あ――」


 いろんな意味でディアナは危険だと判断した草壁は、スムーズに本を閉じた。

 するとディアナは本の中に吸い込まれていく。

 どうやら彼女は本が開いている時しか外に出られないようだ。


「柴藤さん。 この本、極めて不愉快なんで処分していいか?」

「声がする本だし、仕方ないわね」


 今まさにゴミ箱行きにされようとしていた時、本の中からディアナの声がした。


「待つッス!!!! 捨てないで欲しいッス!!!!!! そうだ、ちょっとだけ! ちょぉ~っとだけ、話合おうッス!!!!!」


 三分後――。

 本を開いて、もう一度ディアナを外に出して話合いをすることになった。


「それで、ディアナはどうして本に閉じ込められてるんだ?」

「実は私、力を封印されていて本に縛られているんッスよ。 元の世界にも帰れないし、行き場をなくした可哀想な邪竜なんッス」

「邪竜と聞くとイマイチ同情する気になれないが、そういうことなら力になってやるか」

「え!? 本当ッスか、草壁!」

「綴野さんがもう一人バイトが欲しいって言っていたから頼んでやるよ。 たぶん住み込みで働けると思うぜ」 


 それを聞いたディアナはにんまりと笑う。


「ニシシッ! 草壁とやら、気に入ったッス! 礼として奴隷以下スライム以上の尊厳を与えてやるッス!!」

「あんまり調子に乗るなよ」


 苛立ちを覚えた草壁は本を閉じようとすると、慌ててディアナは許して欲しいと懇願し始めた。


「もー! 冗談っすよ、冗談。 ディアナちゃんの可愛いジョークっすよ!」

「今度生意気なことをしたら、速攻で本を閉じてチェーンで縛り上げて、一生開かないようにするからな」

「カッコいいっすね。 渋いッス! 惚れちゃいそうっス! だから、そんなことしないで欲しいッス」


 ディアナはまるでベテラン営業マンの如きゴマすりを見せた。

 そのあまりにもいい手の平返しに、周囲にいた者達は全員ドン引きする。


 なんなんだ、こいつ。 このまま放置して本当に大丈夫なのか……と。


「話は聞かせて頂きました!」


 バンッ!と勢いよく従業員専用のドアを開いて現れたのは、店長代理・綴野つづりだ。

 意気揚々。 いつもの女神スマイルはさらに光り輝いている。


「ディアナさん! いいですよ。 すごくいい。 あなたのような『こすくて濃いキャラ』は令和の今だからこそ求められているのです!」

「ホントッスか!」


 今のは喜ぶところなのかと草壁は心の中でツッコミを入れたが、いちいち相手にしていると疲れるので声には出さなかった。


 綴野は力強く、ディアナの肩に手を置いた。 前のめりだ。


「あなたがバイトに入ってくれれば、常時コスプレ店員を確保できます。 もうそれだけで売り上げアップ間違いなしじゃないですか!」

「こすいなー」


 こうしてディアナは、コスプレ店員として働くことになった。

 当然のことではあるが、草壁の負担はさらに増えることとなる。



 今日もキミラノ書店はお客様のために魅力的な本を用意しています。


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ようこそ、キミラノ書店へ! 甘粕冬夏【書籍化】通勤電車で会う女子高生 @amakasu-touka

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