第2話 手書きPOPを作ろう!


 夕方。 学校を終えた草壁尚文はキミラノ書店にいた。


 バイトを始めて三日のため、まだ仕事に慣れてはいなかったが、レジ打ちは問題なくこなすことができる。


 バーコードを読み取り、お金を受け取って、商品を渡す。 最初は苦戦したブックカバーの取り付けも今ではなんのその。 手先が器用な草壁はむしろこの工程を楽しめるようにまでなっていた。


「頑張っていますね、草壁さん」


 声を掛けてきたのはモデルのような美人副店長、綴野つむぎ。 強引なところもあるが、仕事に関して真面目な彼女はやることさえしていれば優しいお姉さんだった。


「それで、ちょっと草壁さんにお願いがあるのですが」

「はい。 なんでしょうか?」

「今、バックルームでPOPを作ってもらっているのですが、そちらを手伝ってくれませんか」

「POPって、オススメの本を紹介する手書きのメッセージカードですよね?」

「いろいろ種類はありますが、そういうものが多いですね」


 キミラノ書店ではおすすめの作品を手書きPOPで紹介していた。


 作り方はさまざまで、コースターほどの厚紙にワンフレーズという場合もあれば、イラストを描いている場合もある。

 それぞれのスタッフがおもいおもいに手書きPOPを作っているため、それがキミラノ書店の個性となっていた。


 指示された通り、草壁はバックルームに向かうとオレンジ色のジャケットを着た少女が長机の上で作業をしている。


「レオン。 手伝いにきたぞ」


 声を掛けてはみたが彼女は夢中になっているようで、こちらには気づかない。

 仕方がないと草壁はもう一度、今度は声を大きくして呼びかけた。


「おーい、レーオーン! もしもーし!」

「うわっ!!! え!? は!?  ……なんだ、草壁くんか。 驚かさないでよ」

「さっき呼んでも返事しなかっただろ」

「あれ、そうかな? 僕って集中すると周りの声が聞こえなくなるんだよね。 ははは」


 自分のことを僕と言う彼女は皐月レオン。 紛れもなく女性だ。

 ボーイッシュなショートヘアに青い瞳。 にやりと笑う強気の表情とは裏腹に、柄ストッキングを平然と着こなせるところは帰国子女らしいと言えるだろう。

 武器のマニアックな知識を持っていることから、親はSWATかSATの隊員かもしれないと草壁は考えていた。


 そんな男勝りの皐月レオンは草壁にとって話しやすい相手だった。


「いやー、助かったよ。 さっきからPOPを作っていたんだけど、なかなか進まなくて」


 頭の後ろに手を回したレオンはバツが悪そうに舌を出して笑うが、その表情に疲労の色は見えなかった。

 草壁の「大変そうだな」という言葉に、屈託のない笑顔で返す。


「でも、好きな本の魅力を伝えるPOPを手抜きしたくなかったんだ」

「本、好きなんだな」

「へへっ」


 しゃべり方こそ男子のようだが、褒められて喜ぶしぐさはやはり女子高生だった。

 時折見せるレオンの女の子らしさに草壁は目を奪われるが、すぐにそれを隠して平常運転を心がける。


「そうだ、草壁くん。 さっきSFラノベのPOPができたところなんだ。 よかったら見てくれよ」


 レオンにとっても草壁は同じジャンルのことを話し合える良き友人なのだろう。 褒められて嬉しいのか、はしゃぐ子供のようにレオンは完成したPOPを草壁に渡した。


 同時に――、


 ズンッ!と耐えがたい重さが手に掛り、草壁は耐えきれず膝をついた。


 レオンが手渡したPOPは辞書のように分厚く、不自然に重厚な表紙で製本されていたのだ。


 グッ!と嗚咽が漏れる。

 腕の血管が浮き上がる。

 筋肉が痙攣する。 

 ぎりりと奥歯を嚙み締めた草壁はなんとか立ち上がった。


 そんな草壁を前にレオンは今すぐ褒めてと言わんばかりに近づいた。


「どうかな、草壁くん。 僕、頑張ったんだよ」

「い……いや。 ちょ……ちょっと待ってくれ」

「もうっ。 僕を待たせてどうするつもりなんだよ♡」

「怪しい照れ方すんな!」


 体をくねらせて見当違いの反応をするレオンに、草壁はツッコミを入れつつ、超重量級の辞書のようなPOPを長机の上に置いた。


「そうじゃなくて、このPOP、おかしいだろ!」

「どこが?」

「ラノベよりも分厚いところがだよ!」

「でもこの作品の魅力を伝えるには、このくらいの分量が必要になるんだよ」

「魅力っていうか、もう設定マニュアルじゃねえか!!!!」

「そんなふうに言われると嬉しいよ。 あはは」

「褒めてねえ!!!!!」


 その時、バックルームの扉をノックする音がした。

 入ってきたのは副店長の綴野つむぎだ。


「レオンさん。 POP作りですけど、今日中に終わりますよね?」

「え? 今日中……ですか?」

「もちろん」


 ひくっと顔が引きつるレオンに、クスッと女神スマイルで返す綴野だが、目だけは鋭さを維持している。 


「まさかとは思いますが、こだわりすぎて遅れている……なんてことはありませんよね?」

「はは……そんなことは……。 もう、余裕だよ」


 遅れないようにと釘を刺した綴野はそのままバックルームを出て行った。 しかし、彼女が残した殺気と緊張感だけは今もその場に漂っている。


 きゅるりと草壁の方を見たレオンはすでに涙目。

 うるうるの瞳と怯える様子は、普段のボーイッシュな彼女とは思えないほど弱々しい。


「草壁く~ん!! 助けてよぉ~!!!!! うわぁぁぁぁあああぁん!!!」

「泣きつくんなら最初からちゃんと作っとけよ!!!!」


 あたふたするレオンを作業に戻そうとしていた時、再びバックルームの扉が開いた。

 入ってきたのはプニプニほっぺの金髪美少女、猫屋敷華恋。 今日はBLではなく、普通のラブコメ小説を持っていた。


「どうしたんですか?」

「猫屋敷か。 実はPOPを作っているんだけど、ちょっと間に合いそうになくてさ」


 話を聞いた猫屋敷は腕を組み、ふむふむと大きく頷く。 そして、パンッと両手を合わせて「それなら」と言葉を続けた。


「私も手伝いますよ。 今日はシフト入っていませんし」

「いいのか?」

「困った時はお互い様ですよー」

「悪いな。 ありがとう」

「てへへーっ」


 それからバックルームで各々が手書きPOPを作り始めた。

 もちろん作る以上、手を抜くわけにはいかない。

 POPを作る全員の表情は真剣そのものだ。


「できましたー」


 真っ先に声を上げたのは猫屋敷華恋。


「おお! 早いな!!」

「見てください!!」


 自信満々に猫屋敷は自作POPを差し出した。

 名刺サイズの厚紙に可愛らしい丸文字でオススメポイントが書かれている。

 わかりやすくて、読みやすい。 十分すぎる出来栄えだ。


 しかし、おかしな点があった。

 なぜか手書きPOPを猫のぬいぐるみが持ち、さらにリボンでデコレーション。 しかも猫のぬいぐるみにはマントが装着されている。


 草壁が眉をひそめるのは、この猫のぬいぐるみに見覚えがあったからだ。

 念のために確認するとやはり値札が付いている。

 そう、この猫のぬいぐるみは店の売り物だった。


「待てやぁぁっぁぁああ!!!」

「私を待たせてどこに連れ込むつもりですか。 草壁さん、エッチです。 ひゃんっ♡」

「発想の飛ばし方がおかしいのは相変わらずだな!!!!」


 猫屋敷華恋、やはり今日もブレない。


「そうじゃなくて、なんでPOP一枚に猫のぬいぐるみが付いてんだ!」

「可愛いじゃないですか」

「このぬいぐるみ、売り物だぞ!」

「そこは草壁さんがバイト代からということでノーダメージ。 皆が幸せです」

「俺は生贄か!」


 その後、悪戦苦闘しながらもPOP作りは着々と進んだが、夜七時を過ぎても作業はまだ半分も残っていた。


「くっ! 営業時間終了まで残り一時間か!」

「どうしよう。 終わらないよ……」


 あわあわと慌てるレオン。

 綴野は普段やさしいが仕事には厳しい。

 最初にレオンが作っていた超重量級の辞書型POPを見れば、作業が遅れたことを許してはくれないだろう。


 草壁は手伝っているだけなので怒られることはないだろうが、それでも仲良くなり始めたレオンが落ち込むところは見たくはなかった。


「仕方がない。 もう手書きPOPは間に合わないから別のことをして許してもらおう」

「他の事かい? でも、どうすれば……」

「うーん。 そうだな……」


 確かに他の方法でキミラノ書店の売り上げに貢献すれば許してもらえるかもしれないが、その方法までは思いつかなかった。


 どうすればいいかと行き詰った時、猫屋敷が立ち上がって「はい!」と手を上げる。


「私にグッドアイデアがあります!」

「本当か、猫屋敷!」

「任せてください!」


   ◆


「えっとぉ~、これは何ですか?」


「どうですか、綴野さん。 キミラノ書店をより繁盛させるために、新しいキャンペーンを考えたんです」


 微笑みながらも戸惑う綴野に、草壁はヤケクソ気味に堂々と猫屋敷が提案したアイデアを披露した。


 草壁が指し示した先には一枚の大きなPOPが立てかけられている。 内容は『購入者限定! 皐月レオンのエンドレスうんちくが体験できる!! 買ってね!』と意味不明の文言が並んでいた。


 だが、そんなことは些細なことだ。


「ぎゃぁぁぁっぁ!!! 助けてくれれぇぇ!!」

「いや……いやぁぁ! いあやぁぁっぁぁあ!!」


 お客たちの泣き叫ぶ悲鳴が店内に響く。

 地獄かと思わせるその中心には、オレンジ色のジャケットを着た女子高生レオンが意気揚々と両手を広げ、嬉々とした表情でお客たちを追いかけている。 


「武器の知識なら任せてくれ!! むしろ話させて欲しい!! さあ、語り尽くそうじゃないか!!!!」


 レオンのマニアックな知識は確かにすごいのだが、わからないことを早口で訊かされる人にとってはたまったものではない。

 しかしそんなことはお構いなしと、レオンはうんちくを聞かせようと絶賛暴走中だ。


 この大惨事を目の前にした猫屋敷は「じゃあ、私はそろそろ帰りますね」と言い、何食わぬ顔で帰ろうとした。 が、綴野に襟の後ろをぎゅっと掴まれ、逃亡は失敗に終わる。


 もちろん草壁も逃げることはできない。

 猫屋敷と揃って綴野の前に正座をさせられた。


「ふふふ、面白いことを考えましたね。 とりあえず、はやくレオンさんを止めてください。 店が潰れます」

「……ですよね」


 それから三人は綴野にこっぴどく叱られた。



 今日もキミラノ書店はお客様のために魅力的な本を用意しています。

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