寵愛とナイフ

@scheme

第0話

ニュースはいつまでも喧しく帝国を謳う。

うんざりした顔の君も嫌いじゃないけれど、笑顔のほうがずっと素敵だから、テレビの電源を落とした。


テーブルに並ぶ美味しそうな朝ごはん。

パンの上、ゆっくり溶けていくバター。君はリスみたいに頬張って食べる。

僕はそんな君を見ながら、オニオンスープを飲む。


神様に祈りを捧げる。世界が愛を持って一つになりますように。

君も手を合わせている。目と目があって、二人で微笑む。


少しばかりの違和感から、僕は目を背けた。


遠くでは今も誰かが死んでいる。

けれどそんなこと気づかせないくらいに、今日はいい天気。

洗濯物を干して、布団をパンパンと叩く。

太陽は今日も平等に愛を注いでくれている。


お昼ごはんはいつだって待ち遠しい。

嫌な気分になるってわかってるはずなのに、習慣というのはなかなかやめられないらしく、君はサラダを食べながらテレビに対して文句を言う。

いい加減やめたらいいのに、とは思うけれど、喧嘩になるのを恐れるあまり、口に出せないままでいた。


奇妙な焦燥感は、無視して飲み込んだ。


休日の昼はすることがなくて、ただただ布団に寝っ転がるばかりだ。

帝国じゃあるまいし、娯楽は全然ありゃしない。

退屈そうな君の顔を見ているだけで、退屈しのぎになる僕は、なかなかに馬鹿なのだろう。


夕暮れは血の色にも似て、苦しいほどに美しい。

遠くで鳥が鳴いている。君の隣で、何故僕は孤独を感じるのだろう。


夜ご飯は久しぶりの肉で、僕も君もどことなく機嫌が良い。

久しぶりにテレビを消して食事をする君。嬉しそうな君を見て微笑む僕。


何気ない日常が僕を傷つける。

幸せは奪われるってことを、誰よりもわかっているからこそ、僕は愛に溺れることをやめられない。

壊された幸せほど、悲しいものはないというのに、僕は愛に溺れることをやめられない。

そう、絶望は突然やってくるのだ。


次の日の朝。君の体温が感じられない。

宣告された死に僕は涙を流す。枯れてなかったことに自分でも驚く。

愛するものは繰り返し奪われるのだ。わかっていたのにやめられなかったんだ。

君を殺したのはきっと僕だから、涙なんて流しちゃいけないのに。


最後の涙が君を濡らして、心は闇に溶ける。

その刹那、脳細胞の一つ一つが目を覚ます感覚とともに、僕はすべてを思い出す。

自分自身によって封印された忌まわしき記憶の中で、僕は君の敵を見つけた。


覚束ない足取りで家を出る。


今まで僕は世界を見ていなかった。醜いまでに血で塗れたこの世界を。

諦めという楽園にて死を待つ住民を。僕にはその全てが憎らしかった。

けれど一番憎いのは、あの日自ら記憶を捨てた、あまりに弱かった僕のことだ。


君を殺した神様に、中指を立てるまでは死ねないな。

さあ、復讐の続きを始めようか。

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