「最後のデート」

ゴジラ

「最後のデート」

「最後のデート」



  1


 仲町百合子はフランスの画家と付き合いたいと言った。

 だから来年の春にはフランスに留学する予定であるとも付け加えた。

 突然の告白に、僕は僅かながら戸惑った表情を見せていたと思う。それ以上に、彼女の自信ありげな口ぶりと相反する留学への不誠実な動機には違和感しか感じられなくて、僕にはそれを確定事項の未来として受け止めるには時間がかかった。

 僕と百合子は大学で知り合った。ありきたりな出会いから、ありきたりな交際を始めて2年が経とうとしていた時だった。



  2


 今日も、ありきたりなデートをするはずだった。彼女のバイト先である調布駅周辺のビルに併設されたカフェでカプチーノを飲んでいる時に、唐突に百合子は言った。

 カプチーノはこの店の人気ドリンクの一つでもあった。ふわふわなフォームミルクは一般的なカプチーノ以上に盛られていて、カップの淵から飛び出そうなほどだった。

 アイシングシュガーをふんだんに振りかけられたフォームミルクは綿菓子のように甘く、苦味の効いたコーヒーとマッチしていた。

「今日も美味しいね」

 なんてことを言おうと思っていた矢先に、百合子の告白がやってきたもんだから、僕の頭にその返答が用意されている訳もなかった。

「私、フランスに留学に行く事になったの」

 僕が聞いていないと思ったのか、百合子は再び言い直した。

「そうなんだ。でもどうして?」としか単調に言い返せない僕をよそに百合子は留学の動機について話を進めた。

 しばらくの間、話を聞いていたが彼女の言い分はあまりにも理想を詰め込みすぎていて、ただそれだけで何の意味もなくて、むしろ留学への意気込みを聞いたというより、如何にしてフランス人の画家と交際を始めるかを焦点に置いて話を進めているようだったし、納得などいくはずなかった。

「でも、どうして急にフランスなんて」

僕がそう言った言葉に対して少し語気を強め、被せ気味に百合子は言った。

「急なんかじゃないわ」



  3


 それから僕たちは少しの間、黙っていた。百合子の強い言葉に驚いたこともあって、僕はすっかり言葉を失っていた。そんな沈黙のあと、百合子から別れを切り出されると覚悟していたのに、百合子の選んだ言葉は再び僕を裏切った。

「このビルの屋上に上ってみない?」

「どうして?」

「休憩時間によく行くの。良ければ一度見て欲しいの」

 僕は肯定したとも言えない曖昧な返事をして、情けなく頷いた。

 この時カプチーノはすっかり冷めきっていて、もう飲みたいとも思えなかった。



  4


 「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた看板など、当たり前のように無視して進む百合子の背中はたくましく感じられた。

 屋上へと向かう間、僕はあれこれ考えていた。さっきの突然の告白から付き合い始めまで遡っていたが、今日僕にみせてくれた百合子の言動全てが「僕の知らない百合子だったなあ」と気が付いて後悔した。

 そうしている間に、屋上に到着した。

「ここよ」と自信ありげに言った百合子には申し訳なかったが、屋上から見える景色は僕たちの街を一望出来るだけで特に大きな感動もなかった。

 それでも最後に少しだけでも彼女のことを知ることが出来た気がして安心した。


        

                       2019年4月7日 執筆

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