第3話「叶え損ねた構想(ビジョン)」

「美乃(よしの)さん」



神崎の死から、二日が経とうとしていた。あれから学校は臨時休校となった。雨音も放心状態で教師達も会議がどうとかで授業どころではなかった。家で自分のクラスのサイトを見ていた及川は、訪れた鹿目と部屋で話す事になった。



「どうしたの?」

「・・・美乃さん、お加減どうですか?」

「えっ・・・」

「・・・神崎くんが居なくなってしまって・・・。美乃さんは、神崎くんと親友でしたから・・・」



鹿目は神崎と付き合っていた。神崎の方が惚れていたらしく、お似合いの二人だった。品行方正で容姿端麗、運動も勉強もそつなくこなす鹿目に及川も憧れていた。



「心配してくれてたんだ?」

「はい・・・。お通夜も葬式の時も泣いてませんでしたから・・・」

「・・・泣いてると思ったの?」

「・・・はい・・・」

「そっか」

「美乃さん」



鹿目は正座になり、改まった姿勢になった。



「ごめんなさい!」



いきなり謝られ、及川も戸惑ってしまった。



「やだ・・・鹿目、顔上げてよ」

「ずっと・・・助けたかった・・・!神崎くんにも何度もいじめをやめてくれるようにお願いしたんです・・・。でも・・・叶わなかった・・・」

「もういいから、鹿目」



鹿目は涙を拭いながら顔を上げた。及川は優しく笑い、鹿目の頭を撫でた。



「気にかけてくれてたんだね。ありがと」

「・・・私、何も出来なくて・・・」

「鹿目は悪く無いんだからさ。其れにオレは気にしてないよ」

「美乃さん・・・」

「鹿目こそ、大丈夫なの?」

「えっ・・・」

「神崎が居なくなって」

「・・・まだ・・・実感がなくて・・・。高嶺さんみたいに思いきり泣ければ良かったんですけど・・・」

「そっか・・・」

「・・・義姉さんとは、連絡取ってますか?」

「うん。メールだけど・・・」

「なら・・・良かったです」



落ち着きを取り戻した鹿目はいつもの笑みを見せた。その表情に及川も安心する。



「美乃さんは、あのサイト見てますか?」

「まぁ・・・。情報欲しいし・・・」

「私は怖くてやってないんですけど・・・あれって誰が投稿したか解らないようにニックネームで登録してるんですよね?」

「うん。だから、全部を鵜呑みには出来ない」

「・・・美乃さんは・・・あの日家にいたんですか?」



急に警察みたいな事を聞く鹿目に及川は驚きながらも頷いた。



「鹿目は見たんだよね・・・?」

「・・・はい。とても・・・人間の出来る行いとは思えませんでした・・・。あんな・・・」



あの時の記憶を思い出したのか、鹿目は口元を押さえながらふらついた。



「鹿目、無理しないで」

「・・・すみません・・・」

「吐いていいから。ごみ箱に出して・・・」

「大丈夫・・・です・・・」



明らか顔色が悪くなっている。だが、鹿目は深呼吸しながら気持ちを整えた。



「――もう神崎の話はやめよっか」

「・・・はい」

「少し外行かない?空気吸いに行こ」



鹿目は及川の手を取り、一緒に外へ出ていった。秋の晴れた匂いが鼻に香る。 まだ肌寒くはないが、風が少し強かった。近くの並木道まで歩き、気を紛らわせる様に景色を眺めた。緑葉が繁り、もうすぐ冬が訪れる事を感じさせる。



「久しぶりですね。美乃さんとこうして歩くの」

「そうだね」

「美乃さん、あの頃より背伸びましたね」

「鹿目は綺麗になったね。髪も伸びた」

「もうそろそろ茶色にしようかと思いまして」

「似合うと思うよ」

「ありがとうございます」



緩やかになった風が鹿目の腰まである長い髪を靡かせた。その髪を耳に掛ける姿が及川の瞳にはとても美しく映った。



「・・・本当、綺麗になったね」

「二回目ですよ」



クスッと可愛らしく笑いながら鹿目が突っ込んだ。



「大事な事だからね」

「嬉しいです」



二人は暫く他愛のない話をしながら散歩を楽しんだ――。




******



いきなり保健室に現れたのは予想だにしない人物だった。



「神崎・・・」



及川は動揺している自分を抑えながら平然を保った。神崎は辺りを見渡し、誰もいない事を確認する。



「――もう、良いんじゃないか?」



何もない窓の外へ視線を向けながら神崎は静かに口を開いた。



「・・・何が?」

「流石にあいつらも調子に乗り過ぎだろ。見てて呆れる」

「君は傍観してるだけ?」

「お前はどうなんだよ」

「えっ・・・」



いつの間に自分へ視線を変えていたのか、顔を上げた及川は神崎と目が合ってしまった。



「そんなにされてまで、何もやり返さないの?」

「・・・意味ないじゃん。悪化するだけだよ」

「だったら!」



急に口調を荒げた彼にビクッと肩を震わす。・・・そうだ。二人きりで話すのなんていつ以来だろう・・・。



「・・・言えよ。お前が一言俺に言えば良いだけだろ!?何で言わねぇんだよ!いつまでそんな目に遭ってんだ!なぁ・・・!」



珍しく神崎が感情を表した。いつもの冷静沈着(クール)さはどこいった。



「・・・君に助けを乞えって?今更だよ、神崎」

「何でだよ・・・」

「終止符なんか無いんだよ」

「・・・んだよ、それ・・・。いつまでお前は・・・!」



ガラッ――



神崎の言葉を遮り、檜原と蒼衣が戻ってきた。神崎がいる事に驚きはしたものの、二人は及川を守る体勢になった。



「及川、何もされてない?」

「うん・・・」

「鞄、持ってきたから行こ」

「あっ・・・」



及川はまだ神崎と話したかったが、蒼衣に連れられ、保健室から出てしまった。



「一人の時、狙ったの?」



檜原が見透かしたような瞳で聞く。その声色はとても静かで冷たい空気を放っていた。



「・・・話しちゃ悪ぃかよ」

「ダメとは言わないけどね。誤解されるよ」

「あ、そう」

「及川の怪我、見たの?」

「怪我?」

「知らないんだね。及川が何されてるか」

「・・・あいつが言えば事態は変わる。俺は其まで流れを変えられない」

「・・・どんな理由だよ。まぁ、訳有りなのは見てて感じるけどね。及川と何があったの?」

「・・・・・・」

「オレには話したくない?」

「・・・お前には関係ねぇだろ」



神崎は苛々した様子で呟き、乱暴にドアを開けながら出ていってしまった。



「バカばっかり」



檜原は嘲笑うかのように呟きながら及川達の元へと向かったーー。



*******



「――では、この辺で」



すっかり陽もくれてしまい、及川と鹿目は分かれた。鹿目の家は門限がある為、夜は出歩けない。一人になった及川は音楽を聴きながら家まで歩いた。



「……おい、あれ及川じゃね?」



反対側の歩道を歩いている及川に高嶺の取り巻き連中達が気付いた。神崎の葬式の時に高嶺が及川に絡んだ事もあり、彼らにとって今の及川の存在は空気を悪くした。



「神崎殺したの、あいつかな」



連中の1人が小さく呟いた。それまで胸の中にあった蟠りのようなものが弾けた気がした。



「……だったら絶対許せねぇ」

「俺も。凛さんの事も悲しませて、許せねぇよ」

「この際、ハッキリ聞き出してやろうか」

「死ぬのは及川の方だろ」



次の信号で及川と擦れ違う。彼らはその時を狙ってゆっくりと歩み出した。



「ーー及川」

「渚……」



信号が青に変わろうとした時、後ろから檜原が及川に声を掛けた。その様子を見ていた彼らは一瞬躊躇ったが構わず歩道を渡った。



「こっち」

「えっ……」



いきなり手を掴まれ、及川は家と反対方向へと向かわされた。その足取りは速く、気づけば走っていた。何事かと檜原に聞く前に後ろから追いかけてくる複数の足音が聞こえ、及川は振り返らずに檜原の行動に付き合った。



住宅街を抜け、広い公園を迷路のように駆け回り、その先にある空き地となった路地で2人は足を止めた。ほぼ全力で走ったので呼吸が乱れていた。



「逃げる事なくね?」



2人を追いかけた彼らも息を乱してはいたがそれ程疲れは見せなかった。



「及川に何するつもりだったの?」



呼吸を整えた檜原が彼らを見透かした様な視線で聞いた。



「何って、話しようと思っただけだよ」

「話?何の?」

「神崎の事にきまってんだろ!」

「・・・あぁ、そうだったね。今はそれしか繋がりが無いもんね」

「お前は要らねぇんだよ。いっつも邪魔しやがって」

「助けちゃいけない?」

「はっ…?」

「大方、神崎の親友だったって肩書きのある及川の事が気に入らないだけでしょ?男の嫉妬ってやつ?醜いね。それ以前に下らない」

「…んだと……!」

「そんなに楽しいかなぁ。自分より格下の存在がいる事に満足しちゃった?嘲る事で優位に立ったつもり?」

「…るせぇ!なんなんだよさっきから…!」

「及川を守って何が悪いの?」



冷たい瞳で真っ直ぐ捕えられた彼らは檜原のその雰囲気にビビってしまった。



「この際だからいじめなんてもうやめたら?神崎はもういないんだよ」

「命令すんな……!」

「個体じゃ何も出来ないクセに 」



これ以上話していても時間の無駄だと感じた檜原は及川を連れてその場から立ち去った。彼らは気に入らないという表情で檜原の後ろ姿を睨んでいたーー。



*****



同じ高校に入学してクラスも同じで一層仲が深まった神崎と及川。鹿目も2人との関わりを深めていき、高嶺も加わって学年でも有名なグループだった。4人とも目立つ外見で何かと名前を聞く事が多かった。神崎のお陰で男子達はまとまりを持ち、その指揮を高嶺が取っていた。この頃までは穏やかで他クラスから「羨ましい」と言われる位「良いクラス」だった。



「三年間、同じクラスだと良いんですけどね」



屋上で昼食を食べていた時、鹿目が早すぎる願望を言った。



「あぁ。2年は修学旅行あるから」

「先生にお願いしてみれば?」

「雨音なら聞いてくれそう」

「ずっと一緒にいたいですね」



その想いは皆同じだった。沢山笑って何気ない話で盛り上がって色んな所に出掛けて思い出を作って。そうなる事が当然だと思っていた。



あの日までは・・・。



高校一年の冬。短い連休が終わった日。

4人の関係は脆くも壊れてしまった。

登校してきた及川をいきなり神崎が殴り、辺りは騒然とした。鹿目も高嶺も事情は分からなかった。けれど、その時の神崎は殺意に溢れた眼で及川を睨んでいた・・・。



「良いクラス」 と憧れられた2年Sクラスは「関わりたくない」と一線を引かれるようになった。あんなに皆が自由で穏やかだった室内は冷ややかな空気が漂う詰まらないクラスと化してしまった。



「もう、あの時の願いは叶いませんね……」



みんなで昼食を食べた屋上で鹿目は独り、虚ろな瞳で呟いたーー。

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僕らに答えは存在しない。 夕奏琉 @Emina19

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