第12話 ダビデは万を
私とルツは町に食料の買い出しに来ていた。ほとんどのモノは買ってあとは、干し肉と小麦粉を買うだけ。
「サウルは千を、ダビデは万を。」
そう書かれた看板を少年が持っている。その奥には、黒山の人だかりが出来ていた。
「ねえ、マナあの劇を見に行こうよ。」
劇団が商店の近くの広場で劇をしているようだ。劇は…ダビデ様が巨人ゴリアテを投石機で倒し勝どきを上げるところだ。
巨人は男二人が肩車をして演技していた。
「イスラエルのガキくたばれ。」
槍を振り回すゴリアテに、投石機で石をぶつける演技をする俳優。
石が目に直撃したゴリアテの剣をとり地面に倒れたゴリアテの首を撥ねる俳優。
そして、ゴリアテの首に似せたものを剣にさし。
「神は我らとともにあり。」
観衆からは拍手と歓声が飛び交う。
「ダビデ、ダビデ。」
私はダビデ様に会ったことがあるけれど、あの俳優よりもダビデ様はずっとかっこいいと思うな。
そこは気になったけれど、実際の戦いを見れなかった私にとっては一部始終を知るのにはよかったと思う。
けれどもこの劇のタイトル。
「サウルは千をダビデは万を。」
これを聞いたらサウル王はいい気分はしないのではないかな。
「マナ。面白かったね。あれが今話題の演劇らしいよ。」
「うん……。」
「なに?元気ないね。」
「あの作品の題がきになってね。」
「サウルは千をダビデは万を?どこが悪いの?」
「この題を聞いたサウル様は気分を害されるのではないかしら。」
「マナさん考えすぎ、さあ必要なもの買って帰ろう。」
私たちは商店で残りの商品を買って家路についた。この題がサウル様の耳に入らないといいのだけれど……。
私は、しばらくの間ウリア様の家に侍女として働くことになった。朝はヨナタン様の元で働き、昼からはバテシェバ様の元で働く。
バテシェバ様の家の侍女のマルタとはすぐに打ち解けた。彼女も町娘出身で私とも話が合う。ルツとは違うタイプ。ルツは色が白くて守ってあげたくなる感じ、マルタは、可愛らしい町娘で健康的に日焼けした娘。
「マナさん。洗い物手伝って。」
「わかった。」
私たちは日は浅いけれど、本当の姉妹のようにお互いのことを語り合った。
この、平和な日々は一月ほど続いた。
私はある日王宮に呼び出された。ヨナタン様が私に伝えたいことがあるというのだ。
「ダビデが万、サウルは千をだと?私は油注がれた王だぞ。あの恩知らずの小僧が。」
大きな怒鳴り声に驚いて足がすくんでしまったが、そーっと声がした部屋に近づく。
「今ペリシテ軍が高原に進行中というのは本当だな。」
サウル王の質問に百人隊長が答える。
「はっ、4万規模でこちらに向かっています。こちらは何万で行きますか。」
サウル王の顔が不敵な笑みをたたえる。
「五〇〇〇もいれば十分だ。そしてダビデを帯同させろ。」
「それでは、とても対抗できないかと。」
「もともとは、ダビデの招いた種だ。彼に何とかさせろ。」
間違いない。王はダビデ様を見殺しにしようとしている。
ヨナタン様に伝えるべきだろうか?
そもそも、「ダビデは万を」は民衆が勝手に言っているだけでダビデ様に非はないのだけれど。
私は聞いてはいけないことを聞いてしまった。
ダビデ様、どうか今回の罠を切り抜けてくださいますように。
私にできるのは、そう祈ることくらいだった。
ダビデ 愛と戦の果てに だびで @kusuhra830
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