最終話 チューベローズのせい


 ~ 八月二十三日(金)

       まーくん一家 ~


 チューベローズの花言葉 冒険



「常在戦場!」

「義姉さん、それはいくらなんでも使い方間違ってる」


 明日から旅行に行こうというのに。

 未だに行き先も決まらず。


 まーくんの家で。

 お昼ご飯を食べながら会議中という俺たちなのですが。


「おばさん。穂咲との思い出になる場所、どこがいいかって話なのですけど」

「どこじゃなくて、誰と! 誰とが叶えば、すなわちどこでも!」

「それで常在戦場ですか」

「そう!」


 言いたいことは伝わってくるのですが。

 やっぱり何かが違うと思うのです。


「ママ、さすがにごはんの時は、はなれるの」


 そんなおばさんに抱き着かれながら。

 おそうめんをちゅるちゅるとすするこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を編み込みからのハーフアップにして。

 真っ白で高貴なチューベローズを一輪生やしているのですが。


 いい加減、見慣れて来たので。

 今日は綺麗に見えるのですけれど。


 でも、一旦深呼吸してから。

 改めて確認すると。


 やっぱり、バカな子一等賞。


「それよりママ。ほんとにどこも行きたいとこないの?」

「常在戦場! なんならここでもいいわ!」

「こまったママなの」


 結局、夏休みの宿題は。

 ぎりぎりまで答えが出せず。


 去年の穂咲の宿題同様。

 まーくんに頼ることと相成りました。


「みかんー! みーかーんー!」

「ああ、はいはい。ひかりちゃんはミカン好きなのですね」

「ううん? そーでもない」

「え?」

「でも、おさらにはいってないとなんかいや!」


 なるほど。

 一理ある。


 でも、その気持ちを共感してあげることができる穂咲さんの感想を。

 良くお聞きなさい。


「……道久君。おみかん好きだったはずなの。これあげるの」

「いりませんよ、漬かり切って黒くなったミカンなんて」


 真っ先に取って麺つゆに入れて。

 大事にとっておくものだから。


 シロップ漬けからの醤油漬け。

 甘じょっぱミカンになってしまうのです。


「道久君、夏休み中に進路が決まったから、てっきり行き先も考えてくれてると思ったの」

「いろんな方へ聞こうと思っていたのですが、気づけばワンコ・バーガーの閉店騒ぎに巻き込まれまして……」


 一人で勘違いして。

 一人で思い悩んだだけとはいえ。


 旅行先については。

 考える間もありませんでしたね。


「そのうえ、進路のことだってありましたし」

「……少年。ぴかりんちゃんから聞いたが、シンロについておおよその方向性が見えたから、今は実現に向けて情報収集中らしいな」

「ほんとにそれをひかりちゃんから聞いたとしたらびっくりなのです。まーくんに聞いたのですよね? でしたらその通りなのです」

「おお、改めておめでとう。困った時はいつでも頼りな! それにしても……、道久君はてっきり、大学に進むものと思ってたが」


 いやいや。

 どうしてそう思ったのです?


「困ったことに、俺の御眼鏡に適う学校がどこにも無くて」

「そんな道久君のメガネは、赤ペンで塗りつぶされてるから赤点ばっかなの」


 こら。

 ばらしなさんな。


 ああ、そうだったんだと。

 苦笑いのまーくんなのですが。


 いいのです、別に。

 必要なのは資格を取ることなのですから。


 それに……。


「そう言えば、昨日初めて知りましたけど。店長、大学出ているのですよね?」

「その後、専門学校に入り直してお店を出す資格とったの」

「と、いう事は。やることが決まってたら、専門学校に進んだ方がいいのでしょうか?」


 ふと疑問に思ったので。

 まーくんに聞いてみたのですが。


「そればっかりはどっちとも言えねえけど。そうだな……。道久君、宿題出されたって嘆いていたじゃないか」

「ええ。絵日記の事ですよね?」

「それ、毎日書いてるか?」

「これが思いのほか楽しくて。毎日書いてますけど」


 俺の返事に。

 まーくんは、やっぱりねと頷いて。


「つまり、そういう事だよ」

「え? ……さっぱりわかりません。大学と専門学校の話ですよね?」

「勉強全般の話だな。……勉強ってやつは、人生を豊かにするためのものなんだ」

「仕事に役立たないということですか?」

「全部がそうとは言わねえけど、ほとんどが役に立たん。実際に仕事をしながら必要な勉強した方が断然ましだ」

「じゃあ、何のために勉強するのです?」


 誰もが一度は考える。

 そんな言葉を口にした俺を見て。


 まーくんは、書斎から。

 一枚の絵ハガキを持ってきたのです。


「……この絵、知ってるか?」

「ええ。モネの睡蓮シリーズのうち、結構有名な奴ですよね?」


 鯉が泳いでいるスイレンの池。

 穂咲が見つけたチラシの絵とは違いますけど。

 どちらかと言えばこちらの方が有名ですよね?


「じゃあ……、ひかり。この絵、知ってるか?」


 そしてまーくんが、ひかりちゃんに無茶な質問をすると。

 当然、彼女は首を横に振るのです。


「ああ……、なるほど」

「道久君、織田信長のような人生、どう思う?」

「俺はあんな派手な生き方、息が詰まりそうで嫌ですが……、なるほどなるほど」


 知識。

 知能。


 それらは仕事に役立つものもあるのでしょうけど。


 基本的に。

 人生そのものに役立つという事なのですね?


「凄く良く分かりました。大学は、高校よりもっと高度な知識を幅広く学ぶところで……」

「専門学校は、より職業に絞った知識を学ぶところさ」

「でも、大学も学部、学科に絞られているということは……」

「そうだ。高校よりは、もっと絞られた専門的な知識を学ぶことになるわけだな」


 おお。

 今更ながら。

 目からうろこ。


 そして、今更遅いですけれど。

 大学へ行きたくなってきたのです。


「……さすがまーくん。尊敬できるのです」

「おお! もっと褒めてかまわないんだぜ?」

「……正次郎さん」

「なんだダリア! お前も惚れ直したか?」

「正座」

「なんでだよ!?」


 そしていきなりのテンプレ展開に。

 まーくんは大層ご立腹なのですが。


「食事中に席を立つは食卓へ古いハガキを置くわぴかりんちゃんの無知をさげすむわ……」

「最後のは納得いかねえぞ!? 確かに引き合いに使ったがそれとこれとはちが」

「正座」

「だから納得いかねえっての! そもそもこれは道久君のためを思っ」

「正座」

「はい」


 そして素直に。

 床に正座するまーくん。


 ご安心ください。

 ちゃんと尊敬していますので。



 ――そんな騒ぎの中。

 まーくんが持って来た絵葉書を。

 じっと見つめる目がありまして。


「……それ、ちょっと見せて?」

「おばさん。ちゃんとごちそうさましてからじゃないと、ダリアさんに正座させられますよ?」

「なるほど。じゃあ、御馳走様でした」


 しっかりと手を合わせたのを見てから。

 俺が、絵ハガキを手渡すと。


 おばさんは、表と裏と。

 ハガキをまじまじと見て。


「……やっぱり。ほっちゃん、これ、パパがまーくんへ出した絵ハガキよ?」

「ほんと!? 見せて欲しいの!」


 そして、ここでの礼儀に慣れている穂咲は。

 両手を合わせてごちそうさましてから。

 席を立って、おばさんのそばへ駆け寄ります。


「差出人、パパなの! ……きれいな絵なの」

「ほんとね。昔、お店のチラシに使ってた絵に似てるけど……」

「ええ。あの絵も同じ作者が書いたものなのです」


 今更ですが。

 勝手に名画をチラシに使ってはいけない気もしますが。

 それは置いておくことにしましょうか。


 だってこうして。

 穂咲が嬉しそうにしているわけですし。


 ……でも。


 穂咲は次第に眉根を寄せ始めると。

 今度は急に。

 目を見開いて。


「これ…………、こっちかもなの!」

「なにがそっちなのです?」

「緑色の中に、黄色が浮かんでるの!」

「はい、確かにそうですが。…………ん?」


 あれ?

 それって、蛍の事では無かったのですか?


「これかもしれないの、道久君! あたし、だって、幸せ笑顔になれる色だって覚えがあって探してたから……」

「ほんとに!?」


 緑色の中の黄色。

 梅雨の時期、ずっと探していた穂咲の思い出。


 意外な姿で。

 再び登場した訳なのですが……。


「じゃあ、パパ、この絵のとこに行ったの?」

「さあ? 特にそんなこと書いてないですし、消印もご近所だし」


 他にヒントはないかしらと。

 絵ハガキを見渡してみましたが。


 特に何も無さそうですね。


「ねえ、まーくん! そうなの!?」

「ああ、それは……」

「正次郎さん」

「今度は何だよ!?」

「お茶」

「ちきしょう! フローリングだと苦行なんだからな!」


 何かを言おうとしたまーくんでしたが。

 ダリアさんに命じられるがままに。


 正座の姿勢でひょこひょこと。

 キッチンへと向かっていくのです。



 ……さて。

 そんな器用な人へ。

 もうひとつお願いをしなければいけませんね。


「まーくん。旅行代は、いつものように甘えさせてもらっていいのですよね?」

「おお、任せとけよ」


 よし。

 ならば、決定ですね。


「……穂咲」

「はいなの!」

「行くか!」

「もちろんなの!」


 せーの。



「「お代は全部、まーくんもちで!」」



「怖えよ! どこに行くことになったんだ!?」

「「ここ!」」


 俺たちは、同時に絵葉書を指差して。

 そして慌てて確認をします。


「そうと決まれば大忙しなの!」

「パスポートはおじいちゃんに貰ったけど、あとは何がいるのです!?」

「急がないと間に合わないの! ママも! 早く!」

「お、俺もなのです! じゃあまーくん! 明日、十時集合で!」


 大騒ぎしたまま走り出した穂咲。

 俺はその後を追う足を一旦止めて。


 絵葉書を、もう一度確認します。


 緑の池に浮かぶ。

 黄色いスイレン。


 果たしてこれが。

 本当に穂咲の思い出なのでしょうか。



 目指す先はフランス。

 初めての海外旅行。



 俺は、激流のような展開に煽られるがまま。

 高鳴る鼓動と確かな期待とを胸に。


 空へとつながる扉を。



 今、大きく開いたのでした。




「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 23.5冊目🛩

 おしま……




「……少年」

「ダリアさん? なんです!? 今、忙しいから後に……」

「ゴチソウサマはどうした」

「………………あ」


 そして。

 俺は、開いた扉をもとに戻して。


 その場で正座することになりました。




「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 23.5冊目🛩


 おしまい♪




 さて、怒涛の展開ではありますが。

 秋立が、まさかの海外へ!?


 …………気になるのは。

 まーくんが言おうとしていた言葉。


 はてさて。

 今年の夏旅行は。

 どんなことになるのやら。



 次回、恒例特別編。

「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 23.9冊目🗼?

 は、


 2019年8月24、25日連日公開!


 どうぞお楽しみに!

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「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 23.5冊目🛩 如月 仁成 @hitomi_aki

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