幸せ放送局、始めました。
麻上篤人
始めまして
プロローグ「こちら、幸せ放送局です」
「あつーーーーーーい!」
私はスクールバックを投げ捨てて、部屋のクーラーのスイッチを押した。同じようにそれを投げ捨てて、それから椅子へと飛び乗る。
纏わりつくワイシャツから、薄く透けて見えるスポーツブラ。熱を籠らせたスカートをパタパタと仰ぎながら、瑞々しいふとももを覗かせる。
「もう! なんで夏は暑いの!?」
熱を持った髪の毛を乾かす様にクーラーに向けながら、季節に文句をぶつける。
もちろん、返答はない。
季節にという意味もあるが、その文句を聞いてくれる人間がそもそも存在していない。
「……うぅ、騒いでも仕方がないか……」
理由はディストピアだとか。ポストアポカリプスなんて大層な世界ではなくて。単純にここが山奥だから。
私の家から少し離れた小高い丘の上にある、捨てられたラジオ局。
寂れた電波塔に、剥がれかけの外壁。けれど局内は驚くほど綺麗。加えてなぜか電気が通っていて、機材もまるまる一式残っていた。
その、六畳一間の収録スペース。
すべての機材が一室に揃い。操作さえできれば、一人で収録ができる仕様になっている。
「――よっし、やる!」
気が付けば汗が引いていた。まさにクーラー様様。
耳の後ろに髪を回し、前髪をピンで留める。
これが、私のやる気スイッチ。
ここからが、本番だ。
私はミキサーの電源を入れて、マニュアル――散らばっていた紙の中から見つけた――を見ながら、微調整を終える。
そして、マイクと向き合った。
丁度いい高さにマイクを弄り、発声練習。
「あ、あ、マイクテス、マイクテス――テステス」
室内に響き渡る自分の声を調整しながら、軽く咳払いをする。
これで、調整終了。
もう少し難しい手順があるのだろうが、私一人ではこの程度しかできないのだ。
「さて、始め――、っとと……」
忘れていた。
収録開始の「表示灯」をつけていなかった。
私がスイッチを押すとバチン、と音を出して「ON AIR」と明かりが灯る。無論、スタジオ内からは見えないが、音が聞こえれば気分が上がる。
意気揚々。普段の自分が嘘のように声を張った。
「――さぁ、今回も始まりました「幸せ放送局」! 今回も些細な幸せを届けてまいります!」
第一声。
それはどこかで聞いたことのあるような決まり文句。
読み方さえを覚束ない、中学二年の小娘の素人放送。
――けれど。
「パーソナリティは毎度おなじみ「あーちゃん」こと、「
私は今日も、名も知れぬ誰かへ。
「小さな幸せ」を届けるのだ。
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