第2話

僕は二度目の入学式に向かうために意気揚々と半分ほど葉桜になった桜並木道を歩いていた。


なぜだかわからないが僕はもう一度、高校一年生に戻れた。このチャンスを無魔にするわけにはいかない。


前回の反省も踏まえて僕は生まれ変わろうと決心した。


◆◇◆


「続きましては新入生代表挨拶です。新入生代表、久我柚夏さんお願いします」


「はい!」


久我さんは大きく返事をしたあとに発壇した。


「暖かな春の訪れとともに、私たちは青木原高等学校の入学式を迎えることとなりました。本日はこのような立派な入学式を行っていただき大変感謝しています──」


やっぱり僕は久我さんのことが好きだ。三年前のことを思い出す。ステージの上で挨拶をしている久我さんを見て僕は一目惚れをしたのだ。もっと仲良くなりたい。もっと近くにいたい。そんな思いが僕の中でふつふつと湧き上がってきた。


(取り戻した高校生活。絶対に成功させて見せる!)


僕は密かにそう決心したのだった。


入学式が終わり、新入生たちはそれぞれ自分のクラスに戻っていた。


クラスメイトたちは自分の席に座って近くの席の人と仲良くなるために話し掛けたりしていた。


そんな中、僕はドクンドクンと心臓の音が脳まで届くくらいに緊張していた。それもそのはず、一年生の頃僕の隣の席なのは久我さんなのだ。三年前の僕はこの状況自体に満足をしてしまっていてただ横から見つめるだけで何もできなかったが今回は違う。少しでもお近付きになるために話し掛けようとしていた。


幸い、久我さんは今誰とも話していない。今がチャンスだ。


「こ、久我さん」


緊張で舌が噛んでしまったが想定内だ。これから挽回していけばいい。


「どうしたの?えっと、碓氷くんでよかったよね」


「うん。俺は碓氷優雅。気安く優雅って呼んでいいから。一年間よろしくね」


一人称を『俺』に変えて、少しでも気の強い男を演じる。久我さんの好みとかは全然知らないけど『俺』の方が関わり安いだろう。


「こちらこそよろしく。優雅くん」


(やった!これは成功といっていいんじゃないか)


だがここで満足してはいけない。僕は前々から用意していた話題を持ち出す。


「さっきの新入生代表挨拶凄くよかった。なんか慣れてる感じでかっこよかったよ」


「ありがとう。実は昔から人前で発表することとか多かったんだ。けどさっきのはとっても緊張して上手くできたかわからなかったからそう言ってもらえて嬉しいよ」


勿論、久我さんが小さい頃から人前で発表したことがあることは知っていた。前どこかで話しているのを聞いたことがあるからだ。それを有効活用して話題を広げようとしたのである。


「そうなんだ!凄いね久我さんは。何でもできて」


「そんなことないよ」


その言葉は謙遜ではなくて本心から言っているようだったが上手く話を繋げられたことに浮かれていた優雅にはそのことに気づくことはなかった。


教室前方の扉がガラガラガラと開いた。その音と共にざわついていた生徒たちはしんと静まり返る。


「入学おめでとう。俺はこの一年五組の担任を務める岩崎だ。これからよろしく」


髭を伸ばし髪の毛は鳥の巣みたいボサボサ頭の僕たちの担任である岩崎海斗先生がだるそうな声で自己紹介をした。


一見、生徒にあまり関心がなさそうに見えるが授業はわかりやすく、顔はかなりのイケメンであることから生徒からの好感度は結構高い。


そのあと生徒同士の自己紹介が始まった。一番の人が自分の名前と好きな食べ物を言ったところから流れが決まり、全員が名前と好きな食べ物を言っている。


お互い、探り探りでこれから誰と関わっていきたいか、などを見極めているのがよくわかる。


僕も無難に名前と好きな食べ物を言って自己紹介を終えた。背筋を伸ばして気弱そうに見えないようには意識したがそれ以外には特に何もしていない。


ぶっちゃけここでわかるのは第一印象だけだからな。それに僕はこのクラスの人たちがこれからどんな位置につくのかどんな性格をしているのかを既に知っている。だから久我さんとの関わりのあったところに積極的に絡んでいきたいと思っていた。


「これで全員の自己紹介が終わったな。今からは何もすることないからお前らもう帰っていいぞー」

 

すると、岩崎先生は「はい。起立」と言って僕たちに礼をさせてスタスタと教室を出ていった。


(相変わらずマイペースだな。まあ、そこも好かれる部分ではあるんだけどな)


終礼が終わったあとクラスメイトたちはそれぞれ帰る準備を始めていた。


このあと、久我さんを遊びに誘おうかと一瞬思ってやめた。最初からぐいぐい行くのは良くない気がする。時間はある。焦らず適度なペースを維持していこう。それに話の話題も考えていないしね。


「それじゃまた明日。久我さん」


「うん。また明日」


久我さんは僕に向かって手を振ってくれたので僕もそれに応じて手を振り返した。


こういった小さな積み重ねが後々、響いてくることがあるかもしれない。やれることはやっていこう。


下駄箱で下靴に履き替え、学校を出て無事に自宅についた。


鞄の中から鍵を出して戸を開ける。


「はぁーーー」


自宅に入ったという安心感で疲れが一気にどっと押し寄せてきた。


ちゃんとプラン通り、いやそれ以上に好感触を得ることができた。我ながらよく頑張ったと思う。前の僕は入学式のとき久我さんとはおろか誰とも話さずに帰ってきていた。その時から既に結末は決まっていたのかもしれない。


あの時、少しでも勇気があれば。


そう思ったことが何度あったことか。

でも、今回の僕は一味、二味も違う。

生まれ変わるのだ。久我さんが振り向いてもらえるようなかっこいい男に。そのために努力は惜しまない。やれることを最大限に活用する。


久我さんと仲の良かった男子は確か江藤と坂井だったはずだ。


明日はこの二人に話しかけるとしよう。


こうして、僕の二度目の高校生活は良いスタートをきったのであった。

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僕のラブコメは終わることなく周り続ける 輪陽宙 @wayouchuuuuu0129

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