僕のラブコメは終わることなく周り続ける

輪陽宙

第1話

「初めて会ったときからずっと好きでした!僕と・・・付き合ってください!」

 

「ごめんなさい。私、碓氷くんのことよく知らなくて・・・」


卒業式前日の放課後、校舎裏で久我さんは僕に向かって頭を下げながらそう言った。


ですよねー。


こうして、僕の三年間の恋物語は儚く散っていった。


◆◇◆


「駄目でした」


「ドンマイ」


僕は密かに想いを寄せていた久我さんを屋上に呼び出して、ことごとく振られた後にある女子生徒に励まさられながら駅に向かって歩いていた。


「でもまあ、なんとなく予想はついてたんだけどね」


「酷いですね。師匠は」


僕は深く溜息をついた。


「そりゃそうだろ。だって君、その久我って子と三年間で喋ったことあった?」


「うっ」


墓穴をつかれた僕は何も言えなくなった。それを見た師匠はこれでもかと続けて駄目押しをしてくる。


「喋ったことない男にいきなり告白されてオーケーだすと思うかい?私だったら絶対ださないね」


「消しゴム拾ってあげたときにありがとうって言われたのはカウントに入りますかね?」


「入ると思うか?」


「入らないと思います」


僕はまた、何も言えなくなる。

いや、他にもシャーペンを拾ってあげたときにありがとうって言われたし・・・


確かに僕は久我さんと一回も会話らしい会話をしていない。まあ、僕の勇気がなくて一度も喋りかけれなかっただけなんだけれども。そんなわけで今回の告白の結果もだいたい予想はついていた。だから、最後の山場である卒業式当日ではなくて前日に告白したのだ。怖気づいて逃げ出すよりは百倍マシなんじゃないか。頑張ったよ僕は。


悔いを残したくない性格だからほぼ失敗するのをわかっていて告白したのだが思ったよりショックは大きかった。


もしかしたら。とかいう淡い期待がどこかに残っていたのかもしれない。


そのため、今は師匠に僕の気持ちの整理に付き合ってもらっていた。


ちなみに師匠とは、僕の同級生の宮坂明音という同級生の女子生徒である。僕がたった一人、宮坂明音に久我さんが好きだと打ち明けたときに女の子の気持ちを教えてあげるかわりに私を師匠と呼べと言ってきたのだ。何を考えているのかわからないが、少しでも女子の気持ちを知るため泣く泣く師匠と呼んでいる。いまや、慣れすぎて抵抗なく自然にそう呼んでいるんだけど。


僕と師匠は他愛もない話をだらだらと話した。僕にとってこの時間はいつも楽しかった。こうやってお互い気を使うことなく喋れる女子は師匠くらいしかいないので新鮮なのだ。


そろそろ、師匠の降りる駅が近くなってきた。散々、励まされた僕はだいぶ気が楽になっていた。


(なんだかんだいって師匠は優しいんだよな)


最後くらいいろいろお世話になった師匠になにかしてあげたい。


「卒業式のあと予定とかありますか?」


「うーん。ないね」


「それならどっかに遊びに行きませんか?師匠の行きたいところとか」


思えば、僕らは休日とかに会ったことはなかった。いつもは保健室か図書室。たまにこうやって一緒に帰ったりとかしていたくらいだ。


「ほ、ほんとに!えー、どこにしよっかなー」


いつもは大人の雰囲気を出している師匠が小学生くらいの無邪気な少女になり、僕は少しびっくりした。師匠のこんな顔、初めてみた。師匠が嬉しそうで僕も誘ってみて良かったと思えた。


「もうすぐですね。明日までにどこに行きたいか考えておいてください」


電車の速度が緩み始めて、席に座っていた人たちも立ち始める。


「わかった!」


「それじゃあ、また明日会いましょう」


ドアが開き、ぞろぞろと人が電車から降りていく。師匠もそれに飲み込まれるように入っていった。


「これでようやく、私と向き合ってくれそうだね」


師匠は人混みに揉まれていく中、一度だけこっちを振り返って何かを言った。ごった返す中でその声は僕には届かなかったが師匠の微かに赤らんだ頬と無邪気な微笑みに少しドキッとしてしまった。


それからはいつも通り、一人で家までの道のりを歩いた。明日は卒業式が終わってそのまま遊びに行くつもりだからこのルートで帰るのが最後なのかもしれないと思うと、感慨深いものがある。


「ただいまー」


家の戸を開ける。


両親は夜遅くまで仕事をしているので帰ってきていない。二つ下の妹は家にいるはずだが、自分の部屋に籠もっているのだろう。返事は返ってこない。


二階にある自分の部屋に上がり、制服と学校カバンを雑に放り投げる。部屋着に着換え、ベッドにダイブする。


目を瞑り、今日のことを思い出す。


呆気なかったな。三年間、想い続けたのが馬鹿馬鹿しく思う。どうして僕は絶対に叶わない恋をしてしまったのだろう。


入学式のときに新入生代表で挨拶をした久我さんに僕は一目惚れをしてしまった。同じクラスだとわかったときは飛び上がりたいほど喜んだ記憶もある。


だが、人生はそんなにうまくいくことはない。久我さんには華があった。誰からにも慕われ、その上頭もいい。腰近くまで伸ばした青っぽい黒髪は大和撫子という言葉がよく似合うほどに綺麗だ。才色兼備という言葉がピッタリと当てはまるほど彼女は誰がどう見ても美人でなのである。


対する僕は地味なグループに属していて、そういったリア充グループとは縁もゆかりもなかった。そのまま僕は何をするわけでもなく、ただ毎日久我さんを目で追っているだけだった。


(もうちょっと近づいとけば良かったな)


後々になり、後悔が溢れ出してくる。しかし時間は戻らない。僕の恋物語はもう終わってしまったのだ。


ベッドの上でごろごろしていると、どっと眠気が押し寄せてきた。昨日の夜は緊張で全く眠れなかったからだろう。


夕食まで時間があるので少し眠ろう。

そして、僕は静かに目を閉じた。


◆◇◆


「ゆうくーん。朝ごはんできたわよー」


母親の声と共に、目が覚めた。


部屋の窓からは朝日が入り込んできて明るい。時計を見ると、午前7時00分を指していた。


どうやら、思っていたより疲れが溜まっていたらしくそのまま朝まで寝てしまっていたらしい。


重たい身体を起こし、部屋を出てリビングに向かうため階段を降りる。


「おはよう」


「おはよう。ゆうくん」


母親がキッチンから温かさの残る朝食を持ってくる。


「今日、お母さん見に行くからね」


「うん」


「家出る前にかっこいいゆうくんの制服姿を撮るからね」


「うん」


「ゆうくんも高校生かー。早いねー」


「うん・・・え?」


母親との会話を聞き流し食べるのに集中していると、母親が馬鹿げたことを言った。


(高校生は今日で終わりでしょ。50前でもうボケてしまったのか)


母親に向かって哀れみの視線を送る。入学式と卒業式を間違えるほどボケてしまったなんて・・・子としては少々複雑な気持ちである。


すると、タンタンと階段を降りる音が聞こえた。


「おはよー。ママ」


「おはよう。みーちゃん」


妹の美咲の声が聞こえる。朝だから機嫌が悪いが、美咲の声はいつもより幼く感じた。


「兄ちゃん、今日入学式かー。私も早く高校生になりたいなー」


お前もか美咲。


美咲は既に高校一年生になって僕と同じ高校に通っているだろ。


母親と妹の二人のボケに流石の僕も不思議に思った。


「いやいや、今日は卒ぎょ・・・!?」


箸を止めて美咲の方を振り返る。


「え・・・?小さい」


「小さいって言うな!」


美咲が声を荒げる。


確かに美咲はJKの平均身長よりは小さい。中学生でも充分通用するレベルだ。それでもこんなに小さくはなかったはずだ。これは小さいというより幼い。


「は?何こっち見てんの。キモいんだけど」


美咲の方をまじまじと見ていたせいかいつものように罵声を浴びさせられるがその声は明らかに幼い。言葉はキツイのにいつもよりダメージが小さい。


「美咲、今何歳?」


頭の整理が追いつかない。

ほぼ無意識にそんなことを聞いていた。


「何?急に」


「いいから」


僕は焦っていた。


でも、なんとなくそんな気はしていた。


「13歳だけど」


何が起こったかはわからない。

どうしてこうなったのか知る術はない。


ただ、一つ確信を持てることは──


僕は高校一年生に戻っていた。

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