第7話 黒鐘 宗佑

瑶太の傷だらけの身体を見て、そう短く言った。




宗佑の身体の周りにはバチバチと音を立てながら雷が発生し続けている。




瑶太が手を言葉に合わせて動かしたのを見て宗佑は、良かった。今回は間に合ったみたいだ。こいつは生きてる。そう、安心しつつ瑶太に笑いかけた。




後は俺に任せろ。宗佑の目がそう言っている。




「遅いですよ……宗佑様……」




「これでも全力で飛ばしてきたよ」




「良かったです。貴方が来てくれて……」




瑶太は顔に痛みと嬉しさが混ざってグチャグチャになった表情を浮かべてそう言った。




「もう喋るな。お前は良くやってくれた。この滅魔が終わればお前は昇進だ。楽しみにしていろ」




へへっと瑶太は力なく笑った。それまで気力のみで保っていた彼の意識はこの時、ようやく飛んだ。




瑶太が意識を失ったので宗佑は黒鐘班の巫女であり、自分の妹である風菜に「こいつを安全な所まで運んで回復してやれ」と言った。




「了解です!お兄様」




黒髪長身の巫女である風菜は瑶太をズルズルと引きずりながら運んでいく。




「お兄様。三条橋の息の根を早く止めなければ」




そう宗佑に言及するのは宗佑と風菜の弟である黒鐘妖介。




瑶太と同じく髪は白く、体つきの細さは瑶太をも凌駕している。




彼は札書(札使いが氏神を操る時に使用する本。中にはいろいろな技が書かれていて札使いは出したい技のページを開きそこに書かれた文面に手をかざして技を出させる)をパタパタと団扇のようにして




「あいつ、さっさとトドメ刺さないと直ぐに回復してしまいますよ」




「ああ。負傷した羽崎は安全なところに運んだし、始めるぞ」




「あいよ」




宗佑はヨロヨロと立ち上がった三条橋をキッと見つつ、納刀していた神切蟲の柄を握り、抜き打ちの構えをつくった。




「妖介。援護を頼むぞ」




そう言われ、妖介は黒鐘家に伝わる札書、「四宝珠の札章」を開いた。




「神護景雲しか今居ないのですが……」




妖介は現代の札使いの中で唯一、一度に多数の氏神を操ることが出来る札使いであり普段は「天平感宝」「天平宝字」「天平神護」「神護景雲」の四柱の黒鐘家の氏神を操るのだが今日は神護景雲のみしか居ないようだ。




氏神も色々と用事があるのだろう。




妖介は札書の文面に手をかざし、




「神護景雲、召喚の章」




妖介の前に禍々しい光と共に神護景雲が現れた。




筋骨隆々のその見た目は、金剛力士像のようだ。




「仕事か?妖介?」




「ああ。二つ名だ。やりがいがあると思うよ」




「早く終わらせて帰るぞ。たくっ、他の氏神達は今海で遊んでいるというのに……」とんでもなく無気力なことを言っている神護景雲が喋るたびに彼の長く鋭い犬歯が見える。




「おいおい。それが黒鐘家千年の歴史を守ってきた氏神の言うことかよ」




首を横に振りつつ妖介は続ける。




「余計なこと言ってないで働け。お兄様がお待ちになっている」




「わかっとるわ。妖介こそぬかるなよ」




「神護景雲、滅魔の章。瘴気の舞」




妖介が札書に手をかざすと、神護景雲が足を回復して立ち上がった三条橋に襲いかかる。




「瘴気の舞」




神護景雲は口から水色の煙を吐いた。




瘴気の舞は相手に瘴気を吸わせて、その者の動きを止める技である。




「こんなもの吸うわけ無かろう?」




三条橋は大きく跳躍して煙を避ける。




皺だらけの顔には微笑が張り付いている。




「三条橋。私は黒鐘宗佑。次の黒鐘滅魔家の当主となる者だ。初めましてだな」




「ほう。お主が今の黒鐘班の班長か。神切蟲は今はお主が振るっているのだな」




三条橋がまだ抜刀されていない宗佑の刀に目をやって言った。




「お前はお爺さまと戦った事があったのだったな」




「ああ。六十年ほど前にな。奴は厄介だった」




「だからお爺さまの足を切ったのか?」




三条橋は瞬きすることなく「当時の黒鐘班の巫女が弱い奴だった。そいつを狙って儂が攻撃したら奴はその巫女を庇って足を失った。つくづく人間は理解が出来ない。自分のことだけを守れば良いものを……。さっきの小僧もそうだった」




疑問の表情である。




「それが人と魔族の違いだ。俺たちは心を持ち、誇りを持つ。お前には理解できないだろうっ」




宗佑が前触れもなく地を蹴り、「抜刀術、終ついの太刀」




三条橋に斬りかかった。




斬撃は雷を伴って三条橋の首に一直線に向かう。




三条橋は身体を捻って倒し、斬撃を避けたが神切蟲の刀身の周りに常に走っている雷が彼の頭に直撃した。




「ぐぬぬ……」




「やはりそれなりに動くか。妖介!! 気減きげんの舞まいを打ってくれ!!」




「了解っ!! 神護景雲滅魔の章、気減の舞!!」




妖介の命令に従い、神護景雲が技を出す。




「ハア~っ!!」




神護景雲は息を限界まで吐く。その空気圧が周囲に広がり、寺にあった木々の葉が舞う。妖介と宗佑の額の鉢巻きが音を立てて、たなびく。




限界まで吐ききると、今度は猛烈に空気を吸った。




辺りの空気がドンドンと薄くなる。




宗佑も息が出来なくなった。




「こんな事をして何になる?儂は魔族。息を吸わんでもお前らよりも長く生きられるのじゃぞ?」




「無知な爺に教えてやる」




そう言った妖介が続ける。




「気減の舞は辺りの大気圧を急激に下げる技だ。神切蟲は雷を刀身にまとう妖刀。空中放電は大気圧が低いとその強さを増す。つまり、今は神切蟲にとって最大の攻撃を放てる状態だって事だ!」




そう妖介が言い切らないうちに宗佑の神切蟲が振るわれた。




刀身からはこれまでのものとは比べものにならない太さの雷が轟音と共に放たれる。




かなり離れた所にいる妖介でも自分の白い髪が浮き立つ感触を覚えた。




「ぐ、ぐおおおおっ」




宗佑の渾身の一太刀は三条橋に直撃し、三条橋はその場に黒焦げになって倒れた。




「つ、強い……。これが現在の黒鐘班……」




倒れた三条橋はそう呟いた。




宗佑は妖介に何やら目で合図をおくって、刀を鞘におさめた。




そして倒れている三条橋のそばまで行って




「お前……いつまでも俺たちを騙していられるつもりか?お前が本物の三条橋では無いことなどお爺さまから何度も三条橋について教えていただいた黒鐘班の俺たちには一目で分かるぞ?」




「な、何を言う?儂は本物の三条橋じゃ」




「嘘だな。お前からは二つ名特有の血液操作をした匂いがしない。それに、お前は弱・す・ぎ・る・。こんな雑魚に手こずるお爺さまではない。何故、お前は三条橋の振りをしていた?吐け」




今この瞬間に三条橋ではないと言われたこの老人の頭を思い切り踏んで宗佑は問うた。




「ぐ、嘘じゃ、嘘じゃねえ、嘘じゃ、ぐ、ぐあああああっっ!!」




老人が苦しみ始める。宗佑は別に何もしていない。急に苦しみ始めたのだった。




「ぐぐ、ぎゃぎゃ……ぐ、ぐぎ」




老人の手が自らの首を絞める。老人は抵抗するが、手が勝手に動いているようだ。




宗佑は黙って見ている。妖介と神護景雲も同様であった。




老人は抵抗虚しく、死んだ。




足から灰になってゆく。宗佑の攻撃によって焼かれて、包むものがなくなった老人の骨張った胸にはある紋章が刻まれていた。




「おい。妖介……。これを見てみろ」




兄に呼ばれて妖介は兄の元に駆けていく。




「この紋章……。三条橋の呪札のものですね」




「そうだ。この老人は三条橋に呪いで操られていたんだ」




「それで、負けてしまった途端に三条橋が殺してしまったと言うことですね」




「ああ。妖介、俺が斬ったとき、この老人は少し笑って俺に「ありがとう」と言った。本人は俺には聞かれていねえと思っているのだろうが俺は、と言うか滅魔士なら誰でも、口の中で言った言葉ですら拾える。この老人、案外自分が人を殺している事に抵抗を感じていたのかも知れないな」




老人は下半身がもうほとんど灰になっている。その灰が風に乗って飛ぶのを見ながら宗佑はそう言った。




「魔族にもそんな奴がいるのかも知れませんね、お兄様」




「魔族に情を移すのは御法度だ。だがこういう奴にはしても良いかも知れぬな。俺たち滅魔士は自らの刀で斬った魔族の人生を背負って生きていくのが定めだ」




宗佑が妖介にそう言い、笑いかける。




「はい。肝に銘じます」




風に乗った老人の灰がどこかに向かって飛んでいく。二人はその灰に祈る。天に昇り、仏と成れ、と。




空では入道雲がその存在感を主張しており、風は南西から吹いてくる。




もう夏になる。


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異世界裏同心~黒鐘滅魔隊第4班、羽崎班~ 黒鐘 蒼 @hayashitaito

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