第6話 死闘
「ぐ、ぐはぁっ!!」
の着物をゆっくりと黒い地が染めてゆく。
三条橋の放った爪は一つは瑶太の左肩、もう一つは右脇腹、最後の一弾は右足の太腿のの付け根を貫通した。
余りの痛みに瑶太は倒れかけたが辛うじて気力で立っている。
こんな痛み、滅魔隊の訓練生だった時よりはマシだ。瑶太はそう自分に言い聞かせる。三条橋は哀れみと嘲笑を含んだ声で、
「遅い、遅い遅い遅い遅いっ。小僧は儂から見ると止まっているようじゃよ」喋るたびに黄ばんだ歯がチラチラと見える。
「ほう、魔眼持ちは……違うねえ」
「魔眼の力は絶大なもんじゃ。全ての滅魔士の攻撃の筋が儂には見える。それを避ければ良いだけのこと。何とたわいない」三条橋の口角はあがりきっている。
瑶太は激痛に耐えながらも絶えず、攻撃の隙を伺っていた。
しかし、一切の隙が三条橋には驚くほどに無い。
隙というものは心の乱れから現れる。呼吸の乱れや思考の歪みなどあらゆるものから隙は生まれる。
隙が一切無いというのは「悟り」のような何かを得ている状態であり、そんな魔族など中々居ない。
三条橋は数少ない「悟り」に達した魔族らしい。二つ名持ちとはそれほどまでに常軌を逸している。
隙が一切無い「悟り」と、滅魔士の攻撃の筋が見える事のみが魔眼の能力であったら瑶太にとってどれだけ良かっただろうか。
「小僧。死ぬ前だし教えてやる。儂の「飛爪」は貫通した者に「術核」を残して行く。お主の体内には今、三つの「術核」が残っておる。そこに儂の魔力を送り込めばどうなるのじゃろうな?」
三条橋はそう言うと、地面に手をついて魔眼を大きく見開いた。濃い赤だった魔眼が黒色に変わる。
動けば直ぐに隙を作ることになってしまうので瑶太は動けなかった。
三条橋の手の周りの地表に紫色の円ができてそこから同じ色の煙が上がる。
それに呼応して、瑶太の傷口から紫色の煙が出始めた。
何かの力が傷口を内側から開ける。
激しい痛みが波となって瑶太を襲う。
それでもなお、瑶太は立ち続け、痛みに耐えながらも滅魔刀の切っ先を三条橋に向けた。
「面白い小僧じゃな。儂の「飛爪」を三弾受けて、尚倒れぬか」
「ぐっ」瑶太は歯を食いしばった。
「身体には今、激痛が走ってるじゃろ?」
その問いに瑶太は答えない。出来る限り自分の受けたダメージを三条橋に悟られないように、瑶太は努めた。
「痛いじゃろ?苦しいじゃろ?その苦痛が、負の思考が、脳を埋め尽くした時にその者の脳の味は変化する。儂らは絶望の味と呼んでいるのじゃが、それが美味でのう……初めの攻撃でほとんどの人間は死んでしまうが、一撃を入れる前に儂は出来る限りその者に絶望を与えておる」
三条橋の魔眼が不気味に光る。
瑶太は怒りで目をつり上げ、刀の柄を強く握りしめながら
「爺。そんな所業が許されると思うなよ?お前は僕がここで叩き切ってやる」
「そんな満身創痍で何が出来る?よせよせ。少しでも希望という思考が脳内に残っていては脳の味が落ちるわい」
三条橋はこれまでしていた手刀の構えを崩した。明らかにもう瑶太に勝った気でいる。
「傷がどうした?痛みがどうした?そんな事のせいでもう滅魔を行えません。なんて言う奴は黒鐘滅魔隊の剣士には居ない。僕は自分の身体の状態を理由に任務放棄などしないっ」
そう言うと瑶太は三条橋に向かっていった。
隙は見つからない。なら、自分で作るまでだ。そう自分に言い聞かせて。
「百斬嵐!!」
あらゆる方向から三条橋を斬って斬って斬りまくる。
毎秒十回の速度で瑶太の斬撃が三条橋を襲う。余りの速さにその振られている滅魔刀は視認できないほどになっていてビュンビュンという刀が空気を切る音とガキンという刀を受ける音のみが辺りに響き続ける。
三条橋は硬化した両手で瑶太の猛烈な斬撃をいなし止める。
余裕の表情である。
瑶太は、やはり全て受けられるが、幾ら硬化していると言っても三条橋の爪の強度には限りがあるはずだ。爪を破壊し、「飛爪」が使えなくなった時に僕の今出せる全ての力を持ってこいつを斬る!! そう考え、連撃を続ける。
「オオオオッ!!!」
腕がもげそうで、痛みで意識がもうろうとする。それでも瑶太は腕を振り斬撃を三条橋の爪に浴びせ続ける。
瑶太の斬撃は幾ら受けられようと、止まらない。
それどころか受けるたびに威力が高まっている気がする。と、三条橋は驚きを隠せない。
今この瞬間も瑶太の傷口に残された術核から放たれた魔力は傷口をえぐり開いているのだ。
末恐ろしい小僧じゃ……ここで生かしておくわけには行かぬ、と三条橋は思い、「飛爪」を再度放ち瑶太の息の根を止めようとした。
しかしその手先から爪が放たれる事は無かった。
三条橋が自分の爪を確認する。
爪は綺麗になくなっていた。
瑶太が三条橋に気づかれないように少しずつ爪を切っていたのだ。
瑶太の「百斬嵐」の間合いから少し離れて「飛爪」を放とうとした三条橋は瑶太に爪を斬られており爪が飛んでいくことはない。
ライフル弾のような爪が飛んでこない「飛爪」の動きは手を振るのみであり無駄しかない。
そこに爪が何故か放たれないという現象に疑問を抱くという心の乱れが合わさり三条橋に一瞬だけ隙が出来た。
それを瑶太は見逃さない。
「雅猟突っ!!」
瑶太の残った力全てが込められた渾身の一太刀が三条橋に放たれる。
「ぬおっ!!」
三条橋は後ろに仰け反ったが避けきれない。瑶太の一撃は三条橋のへそを貫いて止まった。
三条橋は血を吹きながらも刺された刀を抜き、瑶太ごとそれを投げた。
瑶太は先の一太刀に全ての力を出し切ったので全く抵抗することが出来ず十二メートルほど投げ飛ばされて、地面に転がった。
「ち、畜生おおおお!あと一歩、あと少しだったっ。くっ、爺の……命を絶てなかったっ!!」
瑶太は誰に言うのでもなく仰向けになったまま天に叫んだ。
「ふーっ、ふー。小僧を少し舐めすぎていたようじゃな……やはり必ず殺しておかねば……ならん」
三条橋が腹の傷を押さえながら、瑶太の元に行く。
「死んで……たまるかっ。まだ、僕には……しなくちゃいけないことがある。雛にまだ……好きだって……ちゃんと言えてないっ。結婚してるのに……」
天に手をかざして、血の海の中で瑶太が呟くようにそう言った。その瞳の希望の炎はまだ消えていない。
三条橋が瑶太のそばに着き、
「小僧……よくも儂に傷をつけてくれたな……これで終わりじゃっ」
硬化された手刀を振り下ろし、瑶太の首を掻きろうとした。
「ガキンっ」
瑶太は腰に差していた脇差しを抜いてそれを受けた。
彼はもう体力など使い果たしている。なのに彼の手は動いた。
「何故……。何故、お主はそこまで底知れぬ力を出せる……?限界をも超える?
満身創痍の状態で豪雨の如き斬撃数の技が出せる?意識をほとんど失うほどの出血量で尚も儂の攻撃を止められる?」
三条橋の手刀の圧力が小さくなる。瑶太は脇差しでその手刀を押し返しつつ、血まみれになった口を開いた。
「何故……?そんなの……決まってるだろ……僕は……滅魔士だからだっ。滅魔士は……人々のために、手足をもがれたって魔族と戦うことを……やめないっ。死の寸前であったとしても……希望を絶対に捨てないっ。それが黒鐘滅魔隊の滅魔士だっ!!!」
所々血で口を詰まらせながらも、瑶太はそう言い切った。その目には信念の光が爛々と輝いている。
「このような……滅魔士が未だにおるとは……小僧が魔族であれば良かったのう。即弟子にした所じゃのに……。しかし小僧は人間、それも滅魔士。ここまで儂に迫った腕を持つ、魔族の未来にとっての危険要素の芽はここで摘む。若い魔族達のためにも」
もう一方の手も硬化させて瑶太に振り下ろそうとしたがその手が止まった。
「小僧……何故笑っている?次の儂の一撃をお前はもう止められない。この一撃でお主は死ぬんじゃぞ?」
瑶太は血の海の中で力なく笑いつつ
「爺。歳をとって耳が遠くなったのか?良く耳を澄ましてみろ。一番風鈴の音だ。黒鐘班が来る」
「な?」
三条橋は耳を澄まして辺りの音を念入りに拾った。
確かに一番風鈴の音が微かにしている。
傷を負った状態では黒鐘班とはやり合えない。さっさと小僧を殺してしまえと、三条橋は止めていた手を直ぐに動かし、瑶太の首を切り落とさんとした。
が、その手が瑶太に触れない内に、大きな稲妻が横向きに走り、三条橋を襲った。
三条橋は咄嗟に瑶太から飛び退いて回避を試みたが、右足がまるごと稲妻にのまれて消えた。
三条橋は瑶太から二十メートルほど離れた場所に倒れる。
瑶太の前に一太刀の刀を構えた滅魔士が凄まじい風を伴って現れた。
その太刀こそ、黒鐘滅魔家に代々伝わる黒鐘刀、夫婦刀の夫刀、「神切蟲」であり、その太刀を握る男こそ、黒鐘滅魔隊第一班黒鐘班の班長、黒鐘宗佑であった。
「羽崎……待たせたな」
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