第5話 三条橋二番辻

ゆらり、ゆらりと下段に構えた瑶太の手の滅魔刀が揺れている。


「あいつは一人だぞ。巫女も札使いも居やしねえ!剣士一人でこれだけの人数の魔族に勝てる訳がねえ!!」


「そうだそうだ!ちょうど良いタイミングで食事が増えたな。あいつも、とっ捕まえて食べてしまいましょう。良いですか?先生?」


 十六人ほど周りに控えて居た魔族が騒ぎ出し、そのうちの一人が老人に向かってそう言った。


 この老人は魔族達のリーダー格らしい。


 先生と呼ばれた老人は薄気味悪い笑いを浮かべながら


「うん。食べてしまえ。若い男のも、それほど悪い物でもない。女の物よりは美味くはないが」


「分かりやした。あの若いの、英雄気取りで飛び込んできて不幸なこった。本堂の壁を壊すためにわざわざ爆弾まで用意しやがって」


「ああ。それで格好つけて飛び込んできたら、俺らがいた。あいつ、恐怖で今動けなくなってるんだろうよ」


「違いねえ」


 魔族達が瑶太に対し嘲笑ちょうしょうを浴びせる。


「おい。滅魔士の若造。お前は俺たちが誰だか知っているか?俺たちは皆二十輪にじゅうりんは超えてる殺しのプロの魔族だぜ?驚いたか?お前は直ぐに死ぬことになる」


りん」というのは魔族の強さの評価方法であり、それまでに殺した人の人数と等しい。


 一般的な魔族達は自ら食料調達をすることはまずない。


 人間を殺すとその死体を調べられて死体に付着した唾液で魔族個人を断定できる。


 個人を断定されると黒鐘滅魔隊の滅魔対象となり死の危険性が跳ね上がる。


 なので一般的な魔族達は殺した人の死体を完全に処理するか、「狩人かりうど」と呼ばれる人間の脳を売りさばく魔族達から脳を買う。


(この寺に居る魔族達は狩人だな)と瑶太は先の魔族のセリフから判断した。


「輪」で評価される魔族はみな、自分が殺した人間の死体が黒鐘滅魔隊によって鑑識されて初めて手配書が出て、「輪」の評価が知れ渡るからだ。


 大和族の人々は人間は死ぬと花になると考えているので死体の単位は「輪」で数える。


 魔族の強さを表す「輪」もそこから来ている。


「殺人数」=「魔族の強さ」とするのは少々語弊が生じているように感じるかも知れないが、「それだけ黒鐘滅魔隊の滅魔を逃れている」という事になるので大体は「殺人数」は「魔族の強さ」に比例する。


「ギャアギャアうるさいな、雑魚が。二十輪?その程度でのぼせ上がっているとは黒鐘滅魔隊も舐められたものだな。僕は600ちょうは超えている滅魔士なんだが……」


「丁」は滅魔士の強さを表す。それまでに滅魔した魔族の「輪」を合計したものだ。


「600丁?こんな若造が?あり得ねえな!!嘘ついてやがる」


「嘘ではないと嫌でもぐに分かるよ」


 老人が子分達と瑶太のやりとりを見て


「もう良いじゃないか。殺してしまえ。早く儂は脳を喰いたいのじゃ」


「分かりました。先生!」


 まず、8人の魔族が束になって瑶太に向かっていった。


 手を硬化させて手刀にしている者や刀を持っている者など多彩である。


 一斉に瑶太に斬りかかった魔族達は「った」と思った。


 しかし、全員の攻撃はむなしく空を切った。


 瑶太はそこにはすでに居ない。素早くしゃがんで横に大きく跳躍し、移動していたのだ。


 瑶太がどこに行ったのか分からず、魔族の動きが一瞬止まった。


 瑶太は自分から一番近くに居た魔族の首を下から切り上げた。


 閃光の如き速度で一気に間合いに詰め込まれた魔族は動けない。


「ビュッ」という短い音がしたと思った時にはその魔族の首は宙に舞っていた。


「や、野郎っ!!」


 仲間を殺されて激情した魔族達は今度はバラバラに襲いかかってくる。


 初めに刀を横殴りに振りかざしてきた魔族はになっている左腕を瑶太の刃に切断された。


 右手のみが刀を振ることになり斬撃の速度が遅くなった隙を瑶太は見逃さない。


 左手を切って振り下ろしていた滅魔刀を直ぐにかえして魔族の腹のへそ辺りに突き刺し、そこから一気に切り上げた。


 魔族の身体は上半身が唐竹割からたけわり(脳天部から腹にかけて切られて縦に半分になっている)となり、鮮血を吹き出して灰となった。


 瑶太は切り上げて上半身を真っ二つにした滅魔刀を中段に構え直して背後から迫ってきていた魔族を振り返りざまに右肩から左腹部まで切り払った。


「やはり、大したことは無いな。二十輪の魔族ゴミなど所詮こんなものだ」


「くっ。こんな筈は……」


 一瞬の内にして仲間を三人失った魔族は歯ぎしりをしながらそう言った。


「直ぐにお前達も仲間の所に送ってやる。僕の滅魔刀のさびになれ」


「く、くそう!!皆でかかれ。バラバラに行くと切られるぞ!!」


「どっちみち、切る。さっきお前等は僕が爆弾を使って本堂の壁を破壊したといったな。爆裂系統の斬撃も知らないとはよっぽど我々黒鐘滅魔隊とりあった回数が少ないみたいだな」


「黙れえ!本堂を斬撃のみで破壊するなんて出来るわけがねえ!!」


「そんなに信じられないなら、お前等を爆裂斬撃で滅魔してやる」


 残っていた老人以外の全ての魔族達が気迫の声と共に斬りかかってくる。


「はあ。よっぽど馬鹿なんだな」

 と呟き、瑶太は脇構えに滅魔刀を構え、


爆斬ばくざん!」と言いながら刀を地面に擦らせながら切り上げた。


 彼の滅魔刀の切っ先が地面から離れた途端、彼の前方で大爆発が起こった。


 爆発の炎と黒い煙の中で、魔族達は悲鳴をあげるもなく、灰となって消えた。


「可哀想に」


 瑶太がそう言ったときには彼の斬撃していた方向の地面は放射状にえぐられ、黒く焼き焦げており、黒い煙が上がるばかりとなっていた。


 本堂の端の角に寄って一部始終を観察していた老人に向かって瑶太は


「後は、じじい。お前だけだ」


 普段は優しそうな瑶太の目が今は釣り上がっている。


「その子を放せ」


「む、分かった」


 老人は子分達を全て殺されて堪忍したのか、ゆきを放した。


 ゆきが涙を流しながら瑶太の方に駆け寄ってくる。


  が、その背後から老人が棒手裏剣を投げた。


「じじい!」


 叫びながら瑶太は凄まじい力で地面を蹴り、即座にゆきの背後に移動して刀を横振りし、その風圧でそれらを落とした。


「何のつもりだ……」


 と、瑶太は老人に問う。


「お前、若いのに中々やるのい」


「放した子供の背後に攻撃を浴びせるとは、魔族ゴミ魔族ゴミらしい卑怯な手だな」


「小僧、かかってきなさい」


「言われなくてもそうするさ」


 瑶太は老人の右目に向かって閃光の如き突きを浴びせた。


 しかし、その突きは老人の人差し指と中指に挟まれて止められた。


「なっ」瑶太は驚きを隠せない。


「さっきは子分どもが随分と世話になったのう……」


 老人は目を閉じ、そしてゆっくりと開けた。


 それまでは人間と同じように白目と黒い瞳孔で出来ていた眼が、全部分濃い赤色に変わった。


 瑶太はそれを見て驚きを隠しきれずに、


「お、お前……その眼は……魔眼まがん……さては二つ名持ちかっ?!」


「二つ名?ああ滅魔士どもが勝手に儂ら魔族を初めに出没した地名で呼ぶあれか……」


「名を言え」


「儂は三条橋さんじょうばし二番辻にばんつじ


「お、お前がだとっ?三条橋二番辻は史上最悪最凶の魔族だぞ……」


「ああ。儂は500年は生きて居るがその間負けたことは一度も無いからそう言われておるかもな……」


「嘘だろ……」


「儂の名を聞いた滅魔士は皆そんな絶望的な顔をする。その後直ぐ死ぬからな」


 瑶太は三条橋二番辻に挟まれていた刀を力任せに抜き取って飛び退き、間合いをとった。


 そして深刻そうな声色で、後ろで震えていたゆきに言った。


「この寺を出て、誰かに黒鐘家の屋敷までの道を聞いてそこまで行き、黒鐘くろかね宗佑そうすけ様に三条橋二番辻が出たと伝えてくれ。黒鐘滅魔隊、最精鋭の黒鐘班ならばこの爺を切れる」


 そう言われたゆきは直ぐに寺の階段に向かった。


「そうはさせぬぞ」


 三条橋二番辻がゆきを追撃しようと襲いかかる。その手刀を瑶太がかろうじて刀で受け止めた。


「振り向かずに走れ!!」


 ゆきの背にそう、瑶太が言った。


「ギリギリ」と刀と手刀が強く擦れ合う音がする。


「むんっ!」


 三条橋が力を少しかけるだけで瑶太はその力に耐えきれなくなり、刀を傾けて下にその力をいなし、直ぐに三条橋の間合いから出た。


 激しい斬撃が瑶太を襲う。


 一つ一つの速度が異常に速く、重い。


 刀で受けるたびに瑶太の手がビリビリと痺れた。


 受けるのみしか瑶太には出来ない。


 連撃の隙を見て、瑶太は後ろに下がり、大きく間合いを取った。


「ちょこまかとすばしっこい小僧だ。中々やりおる。儂とこれまで殺り合って初めの一撃で死なんかったのは黒鐘家の血筋を除くとお前だけかも知れぬな」


「そりゃどうも」


 瑶太は平正眼ひらせいがんに滅魔刀を構え直した。


(二つ名持ちと殺り合うのは初めてだが、これ程までに強いものなのか)瑶太は強く、つかを握った。


「小僧、行くぞ」


 少し身体を捻り、三条橋は手を目にも止まらぬ速さで振った。


 その手の先から、爪が五枚飛んでくる。極限の速度で放たれた硬化した爪はライフルの弾丸のように飛び、瑶太を襲った。


 瑶太は切り払って二つを落とし、横によけようとしたが残り三つの凶弾は彼の身体を貫いた。

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