この村に伝わる慰霊祭というのは、元々ファーストビジターたちが始めたミサが起源と言われている。最初にこの島に移住して、農業や漁業を始めた彼らにとって、最初の間は試行錯誤の連続であったらしい。彼らは、この苦労の中、計らずも死んでしまった仲間に対して哀悼の意を捧げるためにミサを行った。こういった習慣が慣例化したのが慰霊祭に発展したらしい。

 またこの祭りは当時、島の暮らしが安定するまで、村人たちの相互扶助の場としても機能していた。十分に食べていけるだけの収穫がなかった者に対して、他の者たちがお裾分けを行うのである。食料をお裾分けしてもらった人々は、感謝の意を表すために歌を歌った。明日の食料さえ難儀していた人々にとっては、涙が出るほど嬉しいことだったに違いない。彼らは精一杯に歌を歌ったのだ。歌はうまくなくても構わない。その感謝の意を表すことが大事であった。

 しかし島の暮らしは、ファーストビジターが生活を始めて二百年ほど経つ頃には、人口も増えたことにより、かなり安定するようになった。もはや食料に難儀するようなこともなくなった。

 慰霊祭でのミサと、相互扶助のためのお裾分け、そしてその返礼のための歌は、その過程で儀式化されるようになった。村の各地区が持ち回りで、その年の収穫物の一部をお供え物として提供した。それらはミサの後、料理され、その料理とともに教会の周辺で大々的な宴会が催されるようになった。また、歌を歌う担当になった地区の者は、その宴会の場で歌や踊りを披露する。そのようにしてこの村の慰霊祭は、村の一大イベントとして定着していた。

 ──だが、慰霊祭にちなんでは一つの伝説が存在する。

 ファーストビジターが初めてこの島に来たとき、この島の森の奥に一人の魔物が住んでいたという。これまで見たこともない恐ろしい生き物にファーストビジターたちは底知れぬ恐怖を感じた。その魔物は度々ファーストビジターと衝突を繰り返した。そんなあるとき、計らずもファーストビジターたちは抵抗するその魔物を殺してしまったのだ。彼らは祟りを恐れ、魔物を手厚く葬った。そしてその魂を鎮めるため、毎年お供え物と共にその霊を慰めているのだという。

 この魔物伝説は、おおやけな場では決して語られないが、ゴルトムント島で広く流布しており、人々の暮らしの隅々に影響を与えている。聞き分けのない子供に母親が「いい子にしないと魔物に食べられてしまうよ」などといって叱るのは、この村で脈々と受け継がれている風習でもある。

 だから慰霊祭のときはいつも、人々は『そこにはいない誰か』を意識している。それはこの村の人々が小さい頃から聞かされた魔物の魂の影なのだ。その見えない影に、人々は恐れおののき、歌と踊りをもってその怒りを静めようとする。そしてそれが、この祭りをただの無礼講な空騒ぎにさせない精神的な枷となっている。


 さて、現在一つの地区当たり、お供え物や歌や踊りの出し物の担当が四年に一度は回ってくる。アナンとクリスが住んでいる西三番区は、今年四年ぶりにこの担当の地区になっていたのだ。四年前の演奏のときも、すでにアナンはギターで、クリスは踊りで地区の演奏の中心メンバーになっていた。今年は、地区の出し物を行う若者の中ではアナンが最年長だったから、本来はアナンが中心となってこの出し物を仕切るはずであったが、今年は前述の通りクリスが総指揮として中心となる役割になった。

 今年の西三番区の出し物のメンバーは全部で八人。しかし、そのうちの三人は五歳以下の幼児であったから、本番当日はクリスの真似をして一緒に踊るだけである。練習には数回だけ親が一緒に連れてきたが、雰囲気だけ味わったという程度だ。だから、実際には五人のメンバーでそれなりの見せ物を作らなければならない。

 慰霊祭の一週間前から、出し物の練習は毎日になった。昼の三時頃に集まり、日が暮れるまで練習した。クリスはアナンの妹サラとともに踊りを踊る。サラは相当クリスに絞られているようだった。アナンは音楽担当だ。音楽はギター二人と打楽器一人である。打楽器といっても金属や木を叩く簡素な物であるが、その素朴な音色は不思議な共鳴を伴い郷愁を誘うのである。しかし、ギターと太鼓の息を合わせるのが難しく、アナンはこれを合わせるのにだいぶ難儀した。

 音楽と踊りを別々に練習した後、太陽が水平線に隠れ空が真っ赤に染まる頃になって、踊り組と音楽組と一緒に合わせてみる。クリスとサラのステップがなかなか音楽と合わない。クリスは少々苛立って「三拍目、もう少し突っ込んだ方がいいんじゃないの?」と、音楽に注文をつける。アナンからみてもクリスのリズム感は抜群だった。だから、自分ではきちんと演奏できていると思っても、クリスに指摘されると少し不安になる。

「そうかなあ、もう一度やってみる?」アナンはそう言うと、同じところを繰り返してみた。今度はうまくいったようだ。

「──これならいいんじゃない?」と、アナンが言う。

「踊りの方を少し合わせてみたのよ。でも、そこのところ、遅れちゃダメよ」

 クリスは総指揮になったことが、かなり自負心を刺激したのだろう。出し物に対する責任感を必要以上に発揮するクリスに、アナンは心の中で苦笑していた。しかし、いつだって芸術の世界には、こういった真っ直ぐな想いを持った指導者が必要なものなのかもしれない。こうやって、西三番区の出し物の練習は、慰霊祭前日まで村の皆が驚くほど真剣に行われた。


 慰霊祭当日、村の人々は朝十時に教会に集まった。ミサといっても、村人がほとんど全員集まるこの慰霊祭では、教会内は大変な人だかりとなる。教会に入りきれない人々も教会周辺に椅子を持ち込んで座っている。ミサは、長老の一人である司祭によって粛々と進められた。芸能組の伴奏で人々は賛美歌を歌った。その後、司祭は村の歴史で重要な活動をした先人の話をした。このような先人の努力によって、今のこの村の暮らしがあることを司祭は繰り返し説いた。その厳かな雰囲気は、村の誰をも神妙にさせ、改めて人々は、この村の未来のために協力し合い、励ましあわなければならないことを再確認するのだった。

 ミサは三十分ほどで終了し、人々は宴会の準備に入る。教会近くの中央広場にはたくさんのテーブルが並べられ、澄み渡る青空の下たくさんの料理が運び込まれる。料理は南国の太陽の日差しを浴びて、その色彩をさらに強め、人々の食欲をことさらに刺激した。

 そして司祭の合図によって宴が始まった。地区ごとの出し物は、宴が始まって一時間ほどした後に始まった。今年の出し物は三つの地区によって行われる。西三番区は最後の出番だ。今年の注目は村の誰にとってもアナンとクリスがいる西三番区だった。

 二地区の出し物が終わって、西三番区の順番になった。西三番区の代表であるアーロンが今年の西三番区の収穫状況や、出来事などを紹介する。アナンとクリスが婚約したことも発表された。その後、村人から大きな拍手と歓声が起こり、そして口笛が鳴らされた。舞台に立つクリスは顔を赤くして、思わず後ろを向いてしまう。それでも人々の歓声に答えるために、アナンはギターを抱えながら、クリスの手を取り、舞台を数歩前に歩みだし村人に挨拶しなければならなかった。アーロンは、アナンの頭の毛をくしゃくしゃと触って、舞台の上で二人を冷やかした。アナンはただただ、皆の前で礼をするしかなかった。

 ひとしきり拍手が終わった後、クリスが「スリーステップスマーチを踊ります」と言うと、少しどよめきが起きた後、再び大きな拍手が沸き起こった。

 打楽器の合図で演奏と踊りが始まった。二人の婚約の発表が異常に盛り上がってしまったおかげで、クリスはかなり平常心を失ってしまったようだった。もちろんクリスの踊りは誰をも魅了するほど美しく端正なものだったが、かなり練習したリズムの合わせは、何箇所かずれてしまった。後ろからギターを弾きながら、クリスが若干狼狽している様子が伺えた。だいたい、本番というのはいつでもこんなものだ。それに、宴会の出し物だから、村の人々にとってもこのくらいのハプニングがあった方が楽しめたかもしれない。

 出し物が終わって舞台から降りるとき、クリスは「──もおう、あんなに練習したのに」とアナンに向かって随分悔しがった。アナンは何か返事をしようと思ったが、駆け寄ってくる村人たちに邪魔されて声をかける間も無くなってしまった。皆から「クリス、おめでとう」「クリスの踊り、良かったよ!」と言われると、クリスはただ「ありがとうございます」と答えるしかなかった。

 ひとしきり人々の歓待を受けた後、アナンはクリスに

「──ゴメンね、こっちも結構ずれちゃった」と詫びを入れる。クリスは「そうだっけ? 私、一人だけ上がっちゃってもう何にも覚えてないの」と言い、申し訳なさそうな表情をしたのだった。それでも、今年の慰霊祭の中では、西三番区の出し物に人々の賞賛が集まった。その日は、アナンもクリスも遅くまでいろいろな人たちと話し、ご馳走を食べて、日が暮れるまで宴を楽しんだ。そうやって、アナンとクリスが一緒に演奏した今年の慰霊祭はつつがなく行われたのだった。

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