アーロンが長老になって以来、アナンが忙しいのは変わらなかったが、前から構想していた風車の製作を始めたいと考えていた。以前より、少しでも効率よく村のいろいろな仕事をこなすには人間の力だけでなくて、自然の力を借りるべきだと思っていた。しばらくはエネルギー源としての太陽に興味があった。世界全体を照らす太陽のエネルギーは圧倒的なものだ。太陽は光と熱を私たちに与えてくれる。この力を何とか私たちが利用できる形に変化できないものだろうか。しかし、アナンにとって熱や光を扱うのは少々難しいように思えた。熱で変形する金属などもあるが、この変形する力で、人間の力を代理させるのにはかなり無理がある。

 そんな折、子供が長い草の葉で作っていたおもちゃの風車を見たとき、パッとひらめいたのである。風という自然の力で風車が回る、つまり何かが動くというのは、人間が作業する物理的なイメージと合致する。動く方向性だけを変えてやればものを動かすことが出来るのではないだろうか。風車の回転する繰り返しのイメージから、アナンはまずバケツで水汲みをする作業を思い浮かべた。そのためには、回転運動を水の汲み上げの上下運動に変換する必要がある。

 風車内部のイメージは既に出来上がっていた。風車の回転は歯車を使って、まず風車装置の下側に伝える。その回転により、歯車の大きさの比率によって回転数を抑えた円盤が回る。円盤にはクランクシャフトの仕組みが取り付けられ、これによって回転運動を上下運動に変換し、この機構で今の人力用のポンプを動作させるのだ。

 アナンは現時点で二つの問題があると考えていた。一つはポンプを動かすほどの力が、つまり水を汲んですくい上げられるほどの力が風車で作れるかという点。それからもう一つは、もしそれだけの力があるとしても、風の力が水を持ち上げる力に変換されるその量が非常に大きい場合、風車や歯車がそれに耐えられる強度を持ちえるかという点である。二つ目の問題は、風車の大きさや風を受ける仕組みにも依存すると思われた。すなわち、風車が大きいほど風を受ける力も大きくなり、汲み上げる水の量も大きくできる。その代わり、その風車は相当な強度を持っていなければならないだろう。

 いずれにしても動く可能性があるかないかもわからないのに、いきなり巨大なものを作るのは無謀というものである。まずは、一人でも作れるほどの大きさのものを制作してみたいとアナンは考えていた。イメージは、風車の羽根の両端の長さが一メートル程度のものである。これで風の力や、風車と歯車の強度などは推し量ることが出来るかもしれない。


 風車を作るために、もう一人協力者が必要だった。

 実際の製作作業は一人でもできる。問題は材料の調達だ。木材は山に行って木を切ったり拾ったりして、運んでくる必要がある。さすがにこの作業を一人でやるのは厳しい。運搬には、アナンの家にある大型の台車を使えばよいが、これを支えながら山の中で動かすには最低でも二人は必要だ。

 アナンがまず思い浮かべたのが、学校時代の同級生だったカレルだ。カレルは手先が器用でやはり木工がとても得意だった。彼が仕上げる作品はどれも寸分の狂いもない美しい仕上がりで、アナンも適わないと思っていた。アナンは製作前に複雑なものを設計するのが得意だった。しかしその後の木工の仕上げの技術は、カレルのほうが数倍上手だった。

 二人とも木工が得意だったということもあり、学校時代はお互いの技術を意識しあいながらも、自然と一緒に行動することが多くなった。特に十三歳の頃は、二人で飛行機作りに熱中したものだ。小さな木々の切れ端を拾い集め、ナイフで削って、飛行機のフレームを作り、その上に薄い布を貼った。そして、その作った飛行機を高台から投げ下ろして遊んだものだ。

 そのうち、二人はこの飛行機作りにどんどん熱中するようになり、ついに一メートル近い大きさのものを作り、これを高台から飛ばすようになった。ある日、上昇気流に乗った飛行機はどこまでも遠くに飛んでいき、村の集落の上空まで飛んでいった末に、大きな騒ぎになってしまったことがある。見たこともない不思議な物体が空を飛んでいると農作業中の村人が騒ぎ出したからだ。しかし、上空から落ちてきたものが模型飛行機だったことを知って、村の人々は二人のいたずらを怒る前に、まず感心されたものだった。しかし、その後アナンは父親にひどく怒られた想い出がある。

 それからも二人の友情は変わらず、何度か二人で協力して物を作ったりした。卒業後は家も遠かったので頻繁に会うようなことはなくなったけれど、それでもお互い良き相談相手として、何かを作る際には会いに行って、設計やら仕上げやらの話しに熱中することも多かった。


 しかし、その頃と今は少しばかり状況が変わってしまった。

 カレルは実は、アーロンと次期長老を争ったザハールの次男であった。長老になれなかったザハールは、眼光が鋭くシャープな顔つきで、全体的にこわもてのイメージがある。人付き合いも決して上手とは言えなかった。しかし聞くところによると、長老の座にはかなり固執していたらしく、自分がなれそうもないとはわかっていつつも、内心はかなりの期待をしていたようだった。年齢は自分の方が上なのだから、自分が長老になってから、その次にアーロンがなることも可能である。もし、少しでも自分に長老の資質があると今の長老が認めてくれるなら、まず自分が長老になることもあり得るのではないかとわずかに期待をしていたのである。

 その後、アーロンが長老に決まった後、一見ザハールは何事もないように日々の仕事に従事していたが、噂によると酒の量も増え、ザハール家の雰囲気は決して明るくないらしい。ただし、ザハール家の二人の兄弟は村でも評判な好青年で将来も明るいし、そのうちザハール家も元気を取り戻すだろうと村の人々は噂していた。

 そんなこともあり、アナンは少しばかりカレルの元を尋ねるのが億劫になっていた。カレルもアナンとの距離を測りかねてよそよそしくなるかもしれないし、何しろザハールと顔を合わせるのは気が重い。ただ、逆にこんなときだからこそ、アーロン家の自分とザハール家のカレルが何か新しく一緒に物を作ったりすることも必要なのではないだろうか、とアナンは考えていた。アーロンにとっても、アナンがカレルと親しくすることは、嬉しいことに違いない。


 アナンは重い腰を上げてようやくカレルの家に行くことに決めた。ただし、なるべくザハールが在宅していない時間に決めた。ザハールにいきなり邪険にされては、元も子もない。まずは、カレルと旧交を温めるのが先である。

 カレルの家に行くと幸いザハールは不在だった。カレルの母親が現れ、カレルを玄関まで呼び出してくれた。

「──やあ、アナン、久しぶりだな」

「ああ、久しぶり、元気そうだね」そういうとアナンはちょっと言葉に詰まった。まさか、ザハールが長老に選ばれず残念だったね、とは言えまい。

「アナン、おめでとう。父さんが長老に選ばれるなんてすごいじゃないか」

 カレルに先手を取られた。

「ああ、いや、でも父さんは父さんさ、僕には関係ない。でも、今は父さんが忙しそうで、ちょっと家の中はゴタゴタしてるけどね」

「そりゃ、そうだろう。長老だもの。アナンも大変だね」

「いや、大丈夫さ、じきに慣れるよ」

 アナンは新しいものを作りたいことをカレルに伝え、ちょっと話をしたいから、外に出ようと誘った。カレルはもちろん了承し、二人は何となく海岸の方に向かった。

「今度は風車を作ろうと思ってるんだ」アナンは切り出した。

「風車? 何のために」

「自然の力を使って、人間がやっていることを代用できないかって前から考えていた。それでまずは、風の力で水を汲み上げる機械を作ってみようと思うんだ」

「へえ、すごいじゃないか。もちろん、君の頭の中にはもうだいたい設計図は出来てるんだろう」

「まあね、だいたい考えてある。図面は作ってないけど、まず作りたいものはそこまで複雑じゃない。最初は、二メートルくらいの大きさの風車を作って、風で回ることを確かめたいんだ。どう、ひとつのらないか?」

「なんか、今回はまた大きく出たなあ。面白そうだ。もちろん手伝うよ。この村に、みんなの度肝を抜くようなどでかい風車を建ててやろうぜ」

 そうそう、いつものノリだ。アナンはカレルとの仲がうまくいくか心配していたことをちょっと恥じた。カレルの協力があれば百人力だ。これでアナンの風車計画は大きな一歩を踏み出せるような気がした。アナンは自分が構想している風車の仕組みについて熱く語った。カレルも熱心にそれを聞いた。二人は、技術のことになると熱中していつまでも話すことが出来た。この日も、二人は気が付いたら三時間ほど話し続けていたのだった。

 ただし、昔と違うのは二人とも共に家族を支える立場になっているということだ。いくら熱中しても昔のように、朝から晩まで木工を続けるようなことは出来ない。それに、数週間後には慰霊祭も控えている。そこで、ひとまずアナンは風車作りの設計を一人で進めて、慰霊祭の終わった後に二人で作業を始めることにした。そのためには、まずは材料調達だ。慰霊祭が終わったらカレルと材料調達に山に出かけることを約束して、二人は別れた。

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