第8話


(誤解…?)


言葉が足りなかったと言ったが、つまり今までの話の内容に不備があったということ。では、男なら誰でもいいから声をかけるつもりだった、というのが誤解ということか。それを聞き微かにホッとする自分が居た。そりゃそうだ、いくら何でも目の前の男に冷たいで有名な彼女が手当たり次第に声をかけるなんてそんなことはありえるわけがない。


(何だ、良かった)


「誰でもいいわけではありません、厳密には友人が調べたモテていて経験豊富そうな方からくじで選んだ順番に声をかけています」


「……」


二の句が継げなくなった。誤解というのは誰でもいいから声をかけている点だと思ったが違った。凄いのは訂正された後の方が余計訳が分からなくなっているところだ。


梓は目の前の「白雪姫」と敬称される少女をおおよそ女子に向けるものではない視線を向けていた。まるで宇宙人に会った時のような、理解できないものを見る目だ。


流石に雪乃も梓の態度に気づいたのだろう。ハッとしたように梓を見据える。


「結城さん、もしかしなくても何言ってんだこいつ、頭がおかしいのかと思ってますね」


「いや頭がおかしいとまでは」


ここで暗に何言ってんだこいつ、と思っていたことをバラしてしまい慌てる。雪乃は怒るわけでもなく、微かに口角を上げた。もしかして慌てる梓を見て面白がっているのか。考え込む素振りを見せる雪乃。


「…結城さん口は堅い方ですか」


「え?…まあ人並みには」


突然の問いに反射的に答える。嘘は言っていない。人から黙っていて欲しいと言われたことをペラペラ他の奴に話すような真似はしたことはない。尚、自分が話していないのにどこからか話が漏れ、梓が話したのではないかと疑われたことがある。見た目が軽そうだから、という理不尽極まりない理由で。


雪乃は顔を引きしめ、真面目な表情のまま梓を見つめる。並みの男なら至近距離で見つめられたらコロッと落ちてしまいそうだが、梓は特に何も感じない。ただ、初めてじっくり見たブラウンの瞳に夕日が反射してキラキラと輝いて見えていた。暫し見惚れていると訝し気に声をかけられる。


「…大丈夫ですか?」


「え?あ、うん何でもない」


目をじっと見つめていたのだから当然の反応だ。幸いにもそれ以上追及してこなかった。


「…結城さんは私に対してどういう印象を持っていますか」


「印象?」


質問の意図が分からず首を傾げる。表情からして真面目に聞いていることが察せられたのでこちらも茶化さず答えた。


「男子に人気、モテるけど誰とも付き合わない、…とか」


すると梓の答えが意外だったのかただでさえ大きい瞳が微かに見開かれる。


「お堅く止まっている、冷たい、人の心がない、顔がいいからって調子に乗っている、とかではないのですね」


「いやそれ全部印象というか悪口」


淡々と恐らく自分への悪口を口にする雪乃に苦笑交じりに突っ込む。というか、本人を目の前にしてそんなことを言うと思われていたのだろうか、だとしたら相当に性格が悪い奴だと思われているのかと少しショックを受ける。


「冗談です」


「…」


変なタイミングで冗談を言わないで欲しい。クールという印象だったがここに新たに変な奴、という項目を追加したくなる。


「私は自分が人に好かれる容姿をしていることを自覚していますし、そういう私に反感を持っている人も多いことも把握しています。裏で自分がどう言われているのかも」


まるで他人事のような言い草であった。裏で悪く言われているのに全く気にしていない様子だ。心底どうでもいいことなのだろう、自分の事なのに。


「腹立たないのか」


「特には。女子からしたら男子に冷たいのに人気がある私に反感を抱き、男子からしたら振った私を逆恨みする、至極当然の反応です。一々気にしていてはキリがないのに割り切っています」


あくまで淡々と自分に対する他者からの印象を語る雪乃にどう反応するべきか悩む。梓とて陰口を叩かれ、今では気にしないようにしているが昔は心を痛めることもあった。しかし雪乃は梓よりも他者の視線を集めて来ただろうし、悪意に晒された経験も比べ物にならないだろう。ここまで完全に割り切るまでにどれ程のことがあったのか。微かに心を痛めた。


そんな梓の心情を知ってか知らずか、「本題に入りましょう」を仕切り直した。


「私を表立って悪く言う人はいませんでした。こんなのでも優等生と評判だったので、表だって悪く言うと自分が不利益を被る危険がありますから」


こんなのでも、と言うが雪乃は成績優秀、運動も得意、生徒や先生からの評価も高い。確かに下手に悪意を口にしようものなら却って自分がダメージを受けそうだ。リスクが高い、だからと言って陰口を叩いていい理由にはならない。


そこで一度区切り、息を吸った。


「最近、告白をされまして、それ自体はいつものことだったので丁重にお断りしました」


告白をいつもの事とは、流石だなと苦笑した。


「その後、告白してきた方の友人と言う方が私に会いに来ました。出会い頭に私の事を人の心が分からない欠陥人間、と口にしました」


その瞬間梓は衝撃の余り固まった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

白瀬さんは恋を知りたい 有栖悠姫 @alice-alice

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ