第4話

「明日デ、この星の調査が完了すル」

「えっ……」


ペナルドの言葉に勇は呆然とする。

夕刻、いつものように彼等は川原にいた。

月日はあっという間に、一ヶ月が経とうとしていた。

夏休みももう終盤に差し掛かり、残すところあと僅かとなっている。


「おそらく明日には星に帰還しなければならなイ」

「そ、そうか。その為にこの星に来たんだもんね」


引きつった声で勇は答える。

ついに来たのだ。

別れの時が。

ペナルドがこの地球に来た目的はこの星の調査。

いつか必ず終わるときが来る。

わかっていたことではないか。


「…………」


だが、勇の気分は沈んでいた。

ペナルドと別れた後、勇は自宅の自室でベットに横たわりながら、天井を見上げていた。

沈黙しながら、この夏休みの記憶を振り返る。


本当に色々な出来事があった。

一ヶ月とは思えぬほど濃い時間だった。

思えば空を飛んだりもした。

これまで、そしてこれからも二度とできない体験をしたと思う。

それもこれもあのなんでもできる宇宙人のおかげで。


「……お別れかぁ」


小さなつぶやきが漏れる。

思えばペナルドと出会って一ヶ月しか経っていないのだ。

たったそれだけの関係だ。


「…………」


なのにこの寂寥感はなんなのだろう。

だが、勇は疑問を抱きつつも心のどこかで理解していた。

この夏休みは特別だった。

昨年までの夏休みとは比べものにならないくらい、心が安らぐのを感じた。

彼という存在が自分に光をくれたのだ。


「…………」


自分は明日、彼を笑って見送れるだろうか。




次の日。

時刻は夕暮れを過ぎ、日が落ちた周囲はうっすり暗くなっていた。

勇とペナルドは住宅街の中、最初に出会った場所にいた。

上空に浮かぶ巨大な宇宙船の真下。

一つのリモコンの操作ですぐに宇宙船に乗り込める位置らしい。


「これで……本当にお別れだね……」

「そうだナ……」


暗がりの中交わされる言葉は、どこか弱々しかった。

外灯の明かりが届かない位置にいる二人。

お互いの表情が闇に隠される中、頭上から光に照らされる。

それは宇宙船が発したものだった。

乗り込むための準備が始まったのだ。


「——!」


勇へ視線を向けたペナルドの瞳が一瞬驚愕に揺れる。

光に照らされる彼の顔は濡れていた。

今もなお、頬を伝う雫が流れ続けている。


「笑って送ろうと思ったけど……無理だったや」

「…………」

「ペナルド。僕は本当に、君と過ごす日々が楽しかったよ……!」


声を震わせながら勇は言葉を紡ぐ。


「正直、さよならなんてしたくないけど……!今かけるべき言葉はそれじゃないよね」


腕で涙を拭い正面を、宇宙人の瞳をしっかりと捉える。


「ペナルドッ!」


今かけるべきは別れを惜しむ言葉ではない。

ならば言うべき言葉は決まっているだろう。


「今までありがとう!」


それは感謝の言葉。

かけがえのない時間を与えてくれた彼へ伝えるべき言葉。

フッと、彼もまた、それに下手な笑顔で答えた。


「さらばダ。……勇」


そう少年の名前を呼んだすぐ直後、頭上にある宇宙船から淡い光の柱が差し込める。

足から徐々にペナルドの身体が透けていく。


「いつの日かまた会う日まデ、暫しの別れダ!」


薄れゆくペナルドの身体を前に、勇は右手で拳を作り前へ突き出した。


「いつかまた会おう……僕の、友達!」


微笑みながらペナルドもまた、拳を作る。

そしてお互いにその拳を合わせた。

やがてその拳の感触が数秒後にやがて消失する。

ペナルドの身体は完全に消失し、今まで勇たちを照らしていた光も消灯した。

すると頭上から機械的な音が鳴り響く。

巨大な宇宙船はゆっくりと動き始め、発進した。


「…………!」


宇宙船が過ぎ去っていく空には幻想的な光景が広がっていた。

オーロラのようなものが空に広がり僅かに揺らめいている。

しばらくすると宇宙船が輝きを放ち、一瞬のうちに消え去った。

勇は空を見上げながらその瞬間を見送る。

涼しい夜風を受けながらしばらく空を見上げ続けた。


そのあと眺めた星空は今まで見たどの光景よりも、美しかった。

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僕と君の日常 クロバンズ @Kutama

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