第3話

「——僕と、友達になってほしいんだ」


その言葉を聞いたその時、勇にはペナルドが不思議そうな表情を浮かべたように見えた。


「トモダチ、とはなんダ?」

「えっ」

「その単語は恐らく地球独自のものダ。我々の星には存在しなイ。どのような意味を持つ言葉なのダ?」

「それは、その……や、やっぱり今の無し!か、代わりに君の仕事を僕に見学させて貰えないかな!」


顔を赤面させ、両手をぶんぶんと振り回す勇に、ペナルドは数秒考えた後、頷いた。


「いいだろウ。明日から調査任務を開始すル。この近隣に多量の水が流れる場所があル。そこに来るがいイ。私はこれからこの周囲一帯を観察してくル」


そう言うと同時、ペナルドは二本の足で膝を曲げ凄まじい力で跳躍きょうちょうした。

十メートル程空中に飛んだ瞬間、ペナルドの身体が鳥のような形態に変化する。

そしてそのまま翼を羽ばたかせ、空宙を飛んで行った。


「……やっぱり、凄いなぁ……」


彼の姿を見送りつつ、もう何度も思っている事を口にする。


こうして、勇とペナルドの奇妙な日常が、始まった。



「来たカ、少年」

「やあ、ペナルド。なにしてんの?」


ペナルドとの出会いから数日が経ったある日。

勇はいつも通り、ペナルドがいる川原にやってきていた。

勇は出会った翌日から毎日、この近所の川原に足を運んでいた。

最初は好奇心で来ていたのだが、いつしかそれは楽しみに変わっていた。

今日はどんなことがあるのだろうと、妙な高揚感を得ながら


その日川原でペナルドは何やら珍妙な機械を操作していた。

勇が見たこともないような機械だった。

ニメール程の大きさの金属のような質感を持つ大型機械のようなもの。

形で言えば、大砲のような形状だ。

だが、その発射砲は真上を向いている。


「とある準備ダ。それより少年、耳を塞いだ方がいイ」

「え?……うん」


不思議に思いながらも両手で耳を塞ぐ。

直後。

目の前の大型機械の発射砲から凄まじい音を立て、何かが発射される。


「っ!?」


思わず何かが発射された方向——頭上を見上げると微かに見える球体のようなものが遙か上空に舞い上がっていた。


「はっ!?え、なに、なにあれ!?」


「惑星調査における調査道具の一つダ。あの球体のは上空で分解され、この星の表——」

「ごめんやっぱりいいや」


難しくて自分には理解できそうにない。

そう思い勇はペナルドの説明を中断させる。


「まあこの調子でいけば一ヶ月程で終わるだろウ」


タブレットのようなものを操作しながら手際よく作業を進めていくペナルド。

数分後、どうやら作業を終えたらしい彼はなにやら考え事をした後、勇に声をかけた。


「せっかくダ。少年、私の背中に乗りたまエ。いい体験をさせてやろウ」

「……?いいけど、なにすんの?」


ペナルドは身体を変化させる。

体験、という言葉が少々気になったが、言う通りに巨大な鳥のような姿になったペナルドの背中に乗り込む。


「——空の旅に招待しようじゃないカ」


へっ?と勇が呟いたその瞬間、ペナルドは勢いよく翼を羽ばたかせ、


「う、うああああああああああああああああっ!」


ペナルドは勇を乗せたまま凄まじいスピードで上空へ舞い上がっていく。

風を切る轟音を聞きながら勇は半端パニック状態になりながら、戸惑いの声を叫んだ。


「はっ!?えっ!?なに!?はっ!?」

「取り乱しすぎダ。ただの空中飛行ではないカ」

「それが普通じゃないんだよおぉ!」


心からの叫びを腹の底から吐き出した。

必至にペナルドにしがみつきながら勇は上空を見上げ続けていた。

もはや恐ろしすぎて眼下を見ることはできなかった。


「いやいやいや、怖い怖い怖いっ!おっ降ろして降ろして降ろしてっ!」

「ハッハッハ。遠慮するナ。まだまだ楽しいのはこれからだゾ?」

「遠慮じゃないからぁっ!うわああああああああああああああああっ!」


勇の絶叫が空に消えていく。


太陽の晴れ渡る青空を、少年と宇宙人は滑空していった。



「き、気持ち悪い……」


三十分間程凄まじいスピードで空中を上下左右に飛行した勇は、酔っていた。

膝に手をつき、蒼白な顔をする勇と違い、ペナルドには何の変化もない。

湧き上がる吐き気を堪えているとポツポツと空から雫が降ってきた。


「あれ、雨か。さっきまで晴れてたのに」

「……雨?」


その時、ペナルドは初めて頭に疑問符を浮かべた。


「そうカ、これが、雨……カ」


ペナルドは空を見上げながら、独り言のように呟いた。


「雨、初めて見るの?」

「アァ、初めてダ」


掌に雫を受けながらそう答えるペナルドに、勇はふふ、と笑い声を漏らした。


「……?なにがおかしイ?」

「いや。君にも知らないものがあるんだなって」

「当然ダ。宇宙は広いのだゾ?この宇宙はまだまだ知らないことばかりダ」

「そ、そうなんだ」


さすがに説得力が違う。

自分より遥かに膨大な知識を持つ宇宙人でさえ知らないことが沢山あると言うのだから、宇宙は本当に広大なのだろう。

勇とペナルドは近くの木陰で雨宿りをすることしばらく。

やがて雨は止み、太陽の光が差し始める。


「——」


ペナルドは驚いた様な、それでいて感動した様な表情で、空に浮かぶソレを見た。


「……あれは虹だね」

「あれガ……虹……」


空に描かれる七色の情景。

ペナルドは視線を外すことなく、その瞳に光景を焼き付ける。

その目は普段の冷静な目とは違い、輝きを宿しているように見えた。

ふと携帯を見ると時刻は既に夕刻だった。


「あっ、僕そろそろ帰るよ。また明日ねペナルド」

「アァ、またナ。少年」


そう言って駆けていく勇の背をペナルドは見送る。

この別れの挨拶も、もはや恒例になっていた。


川原から遠ざかりながら吹き抜ける風を浴び、勇は帰宅路を走った。

こうして今日も、宇宙人と過ごす時間が過ぎていく。

本当に、ペナルドと共にいる時間は退屈しない。

退屈な日々を過ごすばかりになると思っていた夏休みが、今や毎日のように新しい体験が生まれていく。

こんな日々がいつまでも続けばいいのに。

そんなことを思いながら、勇は家への帰路を息を弾ませながら急ぐのだった。

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