第2話

学校からの帰り道、川北勇は謎の生物の前で絶叫をあげていた。


「オ、大きな声を出すナ!」

「え、なに、え?宇宙人!?」

「静かにしてくレ、頼むかラ!」


数分後。

どうにか落ち着いた勇を尻目に、その生物は首元に小型機械のような物を指でいじりながらおもむろに口を開いた。


「フゥ、無事言葉は通じるようだナ」

「ぼ、僕は食べても美味しくないよ!」

「私は君に危害を加えるつもりはナイ。安心してくレ」


そう言って目の前の生物はやれやれと腕を組んだ。


「私はレヒルハード星からこの星の生態調査をしにきタ。君たち地球人類が俗に呼ぶ——宇宙人というやつダ」

「う、宇宙人……!?本当に!?」

「そうダ」


目の前の生物の言葉には妙な説得力があった。

だがやはり勇の理性がその存在を否定する。

存在自体が非科学的な『宇宙人』といわれる存在が、たまたま広い地球の中でたまたま自分の前に現れて言葉を交わしている。

そんな状況をあっさり飲み込むことは難しかった。


「本当にそうなら……証拠を見せて貰えないかな?」


内心ではありえないだろうと否定しつつ、まだ特殊メイクの線はぬぐい切れない。

本当に地球外生命体を主張するならばなにか人間には不可能な事をやってくれれば逆に疑念は確信に変わる。

宇宙人は『フム……』と暫し考えた後。


「それならバ」


と、口にした瞬間。

宇宙人の体がぐにゃぐにゃと変化し始める。

まるで粘土のように元の原型は完全に消え去り、新たな形が生成されていく。


「え……?」


勇が呆気に取られる中、宇宙人は新たな容貌——勇と瓜二つの姿に変化した。


「これは人間にはできない芸当だろウ?」


宇宙人は両手を上げ、『理解して貰えたか?』とばかりの笑みを浮かべる。


「…………」


勇は驚愕の表情をしたまま固まっていた。


驚くべきは、その完全な擬態能力だ。

声までもが自分と瓜二つ、多少語尾が片言なことを除けば、完全に自分のドッペルゲンガーのようだった。

完全に、疑念が確信に変わる。

人間に、いやおそらく地球上にこんなことができる生物はいないだろう。

目の前のこの生物は、紛れもなく地球外生命体、『宇宙人』なのだと。


「我々の種族が得意としている能力の一つダ。どうダ?君とそっくりだろウ?今の君と髪の毛一本の差もないゾ?」

「凄い、としか言いようがないけど……やっぱり君は宇宙人なんだね」

「理解して貰えたようで何よりダ」


宇宙人は再び体を変化させ、元の姿に戻った。


「さて、私の姿も見られてしまったことだシ……そういえば自己紹介がまだだったナ」


宇宙人は自らの左手を胸に当て。


「私の名前はペナルドルナ・セフヌヨノネラハース・ヌペレーナ・フォワードル・ベライド——」

「待った」


勇は右手を突き出し、ストップをかけた。


「長い、覚えられない。僕が」

「ナニ?私の名前はたったの二百六十文字だゾ?冗談だろウ?」

「無理」


どうやら宇宙人というのは人間を遥かに上回る記憶力を持っているようだ。

だが勇には彼の名前を全て覚えるのは難しい。


「えぇと、ペナルドルナセフ……なんとかだよね!」

「ペナルドルナ・セフヌヨノネラ——」

「うんわかった!それ以上は言わなくていいよ!」


正直言って覚えられる気がしない。

もしかしたら彼ら宇宙人にとってはそれが一般的な長さなのかもしれないが、やはり地球人にとっては長すぎる名前だ。

略す必要がある。


「よし、略してペナ!僕は君をそう呼ぶよ」

「……なんだそのペットのような名前ハ。せめてペナルドにしたまエ」

「じゃあペナルド」

「…………」


何か言いたげな宇宙人——ペナルドを尻目に、勇も自己紹介をする。


「僕の名前は勇。川北勇。一応、高校生」

「記憶しタ。ところで少年。私の姿が見えているのなラ……『アレ』も見えているのではないカ?」


ペナルドは指で上に立て、問うてくる。


「アレ?」


指差す方向、頭上を見上げるとそこには。


「……ッ!」


言葉にならない驚愕が生まれる。

勇たちの頭上、上空にあったのは宙に浮かんだ巨大な球体。

大きさは五メートル程だろうか。


それはなんの音も発さずただそこに悠然と浮かんでいた。


「上空で待機させているアレが私の宇宙移動用小型乗用機、いわゆる宇宙船というやつダ」

「…………」


もはや唖然とするしかなかった。

頭上に浮かぶ物体に対して様々な疑問が脳裏を駆け巡る。

何故浮いているのか?何故あんなものが街の上空にあるにも関わらず騒ぎになっていないのか?

だがそれも考えるだけ無駄な気がする。

『宇宙の科学技術だから』。

それだけでこの現象が片付いてしまう気がするのだ。


「フム、様々な疑問が脳裏を駆け巡っている、とでも言わんばかりの表情だナ」

「……その通りだよ。もう僕にはただ受け入れることしかできないや」

「それでいいのだヨ。いきなり原理を理解しろといっても無理な話ダ」


ペナルドは上空に浮かんでいる宇宙船を見て、続けた。


「私はあれでこの星にきた。そして任務を終え次第あれで帰還する。ただ、それだけダ」

「そっか……。でも、なんで僕にそんな話を——」


勇がいいかけたその時、複数の人の声が耳に響く。

ふと視線を向けると、前方から複数の人が歩いてくるのを発見する。

どうやら近所のスーパーからの買い物帰りの主婦たちのようだ。


「やばいよペナルド。隠れないと!」

「その必要はナイ」

「でも、見られちゃうよ!?」

「大丈夫ダ」


買い物帰りの主婦たちはこちらの横を訝しげな視線を向けながら通っていく。

だがそれはペナルドにではない。

勇に向けられたものだった。


「……ん?」


その視線を不思議に思いながら主婦たちが立ち去ったのを確認すると、ペナルドは口を開いた。


「私の姿は君以外には見えていないのだヨ。私は特殊な防護迷彩を身体に纏っていル。"ステルスバリア"は一度使用者の姿を認知した者には通用しないのダ」

「えっ……」

「よって、君以外には私の存在を認識することはできなイ。つまり客観的に見れなラ。君は、ただ独り言を道端で話している少々変わったニンゲ——」

「ちょおおっ!完全に変な人に見られたよ!頭のおかしい人に見られたよぉ!」

「だから言っただろウ。大丈夫だト」


肩を揺すられながらペナルドはやれやれといった表情を浮かべる。

確かに大丈夫とは言ってはいたのだが……

だがそんな魔法の様なものまであるのか。

宇宙人の科学技術は本当に底が知れない。

だが勇はとある引っかかりを覚えた。


「じゃあその……ステルスバリア?それはなんで僕には通用しないの?」

「私もそれが不思議なのダ。本来私の存在を認知できるわけなないのだガ……」


『まぁいイ……』と呟きながらペナルドはこちらに 向き直った。


「つまり君は、この地球上で私のことを認知できる唯一の人間というわけサ」

「…………」

「私の事を秘密にしてくれるというなら、可能な限りで君の願いを叶えようではないカ」


ペナルドは灰色の掌を広げ、そう言ってくる。

つまり、彼は勇に取引を持ちかけているのだ。

自分の存在を秘密にしてくれるなら願いを叶えてやると。

確かにペナルドが持つ『宇宙の力』を使えば、なんだってできるのかもしれない。

たった今出会ったばかりだが、その中で勇は目の前の宇宙人の力を目撃している。

透明化や変身能力など、ありえない現象を見せてきた。

それこそ魔法のようなこともできるのかもしれない。


「じゃあ、お願いがあるんだ」


勇は数瞬間を置き、願いを告げた。


「——僕と、友達になってほしいんだ」

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