第1話雨露霜雪-②

 三人、工場とは少し離れた個室で雑談を交わす。彼らは丸テーブルに三角形になるように椅子に座っている。


「フガル…妹への愛が大きすぎる気がしないか?」

「大丈夫、いつもの事だから。ね、リラ」

「あぁ?いつもの事だろ」


 ヒルカがリラに話を振ると、リラは不満そうな顔をして答えた。何が不満だったのかは、ヒルカの能天気さで理解できるはずがない。

 その室内には少し熱が篭もっている。だが、リラにはそれは伝わらないし、感じられない。


「みんなには変化なしか?それと…」

「質問が多い、一つづつにしてくれよ。たとえ人間だとしても」

「あぁ、すまないな。いつもの癖が出てしまう」


 リラはグラデスの話しを遮って、素っ気なくかつ、相手にしっかりと重みを与えるように伝えた。

 ヒルカの顔はポカンとしていたが、ふと急に険しい表情になる。そして、勢いよく立ち上がり椅子を後方に倒した。


「癖って、治ってないじゃない!」

「癖って簡単に治るものかぁ?」


 グラデスは目を点にして、阿呆のようにとぼけたように答えた。

 それにムカついたのか、呆れたのか感情が入り交じったように反論する。


「治そうと思えば、治せる!はずだけど…」

「グラデスはさぁ、機械じゃないんだから出来るわけないでしょ?」

「うぅ、人間って複雑~」

(そう云う君は…どうなんだろうねぇ)


 グラデスは机に両肘をついて、両手をクロスさせて手で唇を隠すようにした。それを冷たい目で見ながら、リラはため息混じりに非難する。


「うっわ、悪い笑みだわ」

「んー、そうだね。大人になるとこの笑みをすると、簡単に女は堕ちるの……さ!」


 「さ」というのと同時に、両手を広げて鼻を鳴らした。それが癪に障ったリラは、グラデスの右手に置いてあったコップを即座に掴み取り、投げつけた。

 コップには熱々のコーヒーが入っている。それを瞬時に理解したグラデスは、避けようとする。


「え、ちょ、熱いってそれは!」

「女の話し…するな!!」


 女嫌いなリラは、女という単語を出すだけで怒り出す。だが、初対面の人は大目に見るらしい。

 グラデスにはコーヒーがかからなかった。と言うより、リラは本当にグラデスにかける気はなかった。


「別にいいじゃん…」


 顔を真っ赤にしているリラは、ヒルカのその一言で矛先が彼女に向こうとしていた。


「え!?ごめん、グラデスにコーヒーがかかる方の意味なんだけれども」


 さらにリラの顔が赤くなっていく。まるで、熟したリンゴのようだ。

 矛先は自分自身に変わったようだ。


 グラデスの手は割れたコップに向けている。


「あはは、コーヒーがシャツにシミになって着いてるよ~!」


 グラデスに笑顔でヒルカは言う。リラはこの辱めを紛れさそうと、その話しに入ろうとする。

 彼女は青い空なんてものを知らない。青い海なんて知らない。暖かい家族なんて知らない。

 知らない。何も知らない塾していない可哀想な子供たち。

 彼女だけではない、可哀想な子供たち。


「あはは!」

「だっせぇ、綺麗に水玉見てぇについてんじゃん。面白ぇ」


 笑えるのもずっと続くと、彼女たちは思っている。誰もが人を愛し、愛されると思っている。

 それは誰にも邪魔されることの無い、深い深い絆で結ばれている。


───カンカンカンカン!!!


 謎の警報が工場内で鳴り響いている。だが、ヒルカ達は驚きを一切見せない。グラデスも一切驚きを見せない。

 グラデスは工場をただ、冷たい目で見つめるだけだ。何も入っていないコップを片手に。

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