機械不憫童子

@tokumitu1225

第1話 雨露霜雪-①

 埃が散る鉄の壁に囲まれた部屋。パイプが蛇のように連なり、煙突が至る所にあり煙がもくもくと噴出している。見渡す限り、錆が目立ったり、橙色か焦茶色のグラデーションのようになっている。

 ここに来るまでには螺旋階段のような錆びた階段を降りていかなければならない。

 焦げた匂いが鼻をつく。

 そこには年少がウロウロと行き来していたり、保護メガネを付けて研磨をしていたり、ハンダゴテを持ってはんだ付けをしていたり。

 幼少期にやることではない、高度な技術を持っている。


「はい!これ部品!」


 笑顔で受け渡しをする体の小さい人。そういう種族とかでもなく、そうゆう病気なわけではない。ただ、理由があるが本人達は知らない。


「落とさないように気をつけてなの!」


 「はい!」そう返事が聞こえるのも、外に出たことがないからこそ。と、ここまでしか言えないが、この子供たちは何も知らずに部品渡し、溶接、運びを繰り返している。

 特に女王蜂とかがいるわけでもなく、誰かのために働いている訳でもない。


 自分のために働いていることを知らない。


「落としたって嫌な音が響くだけだけどね……」


 椅子に浅く座っている、少年フガル。右目が前髪で隠れていて、そのせいで避けられることもあった。現に、避けられている。

 その隣に、よちよちと歩いてきた少女ニーヤ。その少女はフガルの妹にあたる存在。パッツンの前髪で、おん眉の前髪を持っている。髪はサラサラで腰まで髪はある。


「にいちゃ!よくないよ!」

「なにがよくないんだよ」


 素っ気ない態度で返すが、その本心は妹が心配でたまらないのだとか。そのせいで、よく目が泳いだり目を逸らしたりする。


「落としたくなっちゃ、う!」


 ニカッと笑いながら、両手で持っていた部品をパッと離して床に落とす。

 その笑顔には悪意はなく、フガルが言った言葉がフリに聞こえたらしい。

 その音に反応する数々の体。ぴくりと跳ねるものもいれば、部品を手から離すもの、声を荒らげる者もいた。

 その中に一人、ニーヤに駆け付ける少し大人びた感じをかもし出している少女ヒルカ。その少女は左側の髪はちょろ毛となって飛び出している。


「わっ!大丈夫?ニーヤ」


 目線を合わせるように、しゃがみこんでニーヤの幼い手を握った。


「へーきへーき!あはは!」


 ニーヤは元気に笑ってみせた。

 ヒルカは眉を下げて笑う。


「……おい」


 身の毛もよだつような程に、おどろおどろしい雰囲気を醸し出しながら低いトーンで離すフガル。

 工場の一角だけがおぞましい空気が漂い、それが辺りにも被害をもたらそうとしていた。


「なにー?フガル」


 それに相対して、ヒルカはその雰囲気を打破しようと硬い表情を緩めた。

 だが、その勢いは止まる気配を見せない。


「俺の妹にダメって言っても聞くわけがないだろう!」


 そして、フガルは頭を抱えて後ろに仰け反った。それに合わせるかのように、金属音がどんどん大きくなっていく。

 ヒルカは冷や汗を垂らして、苦笑いをする。


「え、ぇぇ?」

「妹にダメって言ったらダメなんだよ。そんなに可愛くて愛くるしいのに、やろうとしていることを止めてはダメなんだよ!」


 椅子に座っているだけなのに、後ろに倒れ込んだ。仰け反っていたから、後ろに重心が乗っていたからであろう。

 再び、耳を割くような金属音が響く。


「ちょ、ちょっと」

「いや、止めるのも俺の役目か?いや、でもやろうとしているのを止めるのはねぇ…」

「わ、分かったから!分かったよ!怒ってないし、ダメとは言っていないから大丈夫」


 ヒルカはフガルを鎮めるようにして言った。だが、フガルは静まることはなく、興奮が収まることは無かった。配線が切れて直ぐには治らないのと同じように。


 轟音が工場内で響き、床が揺れる。昼だろうが夜だろうがその轟音はいつでも轟く。子供たちには昼、夜などの概念はない。


「何をやっているんだ!!」


 青年がヅカヅカと皆の居場所に入り込んでくる。その怒声には驚くものはいなかった。

 その声に、その機械を操作担当になっている幼い声で説明を始める。


「ス、スイッチが勝手に落ちちゃって…ご、ごめんなさい…」


 オドオドしている少女マリルは、機械のスイッチを腫れ物を触るように上げた。機械はピタリと止まり、轟音もなりやんだ。


「まぁまぁ、そんなに怒らなくても良いだろうに…」


 隣に腰を曲げて杖をつきながら歩いている老人、ジーニスが優しく、声をかけ宥める。


「はぁ…怪我でもしたらどうするんだ」


 皆が怖がらないのは心配の怒声だと知っているからであって、単に機械を勝手に動かしたことに対して怒るクズではない。それが、青年グラデスの配慮なのである。

 グラデスは黒のスーツを身にまとっていて、すらっとしている。それは男子の誰もが憧れるような。


「心配なんでしょ?グラデスは」


 その一人でもあるヒルカ。

 ヒルカは微笑んでニーヤから手を離して、すくっと立った。グラデスと同じ目線ではないが、ヒルカは目線を合わせようとする。


「にいちゃ!しょんぱい!しょんぱい!」


 幼い為か流暢さは無いが、幼気の可愛さが解き放たれている。


「あぁ、心配だ」

「しょーんーぱーい!」

「しょ、しょんぱい?」


 グラデスは頬を掻きながら、復唱した。それに満足したかのように、ニーヤはニカッと歯を見せて笑った。


「しょう、しょんぱい!」

 

 そして、床に倒れているフガルがプルプルと震えだした。それをずっと見ていた少年、リラが汚物を見るような目で見た。だが、そんなことは眼中に無いフガル。


「うぁぁぁぁぁぁぁぁあ!いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!しょんぱいしている!兄さんじゃなくてグラデスを!!あ!り!え!な!い!」


 体をくねらせながら、発狂する。いや、これは妹への愛の叫びとも取れるかもしれない。


「わかった、わかったから…落ち着いて」

「落ち着けるものか!落ち着けるものか!」


 工場内ではフガルの奇声と、機械の轟音が響き渡っていた。

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