夏のしずく

仲咲香里

夏のしずく

 夏の日差しに、水滴が跳ねる。

 キラキラ輝いて、君の髪をすべり落ち、まくったTシャツの肩を濡らしてく。


「お疲れ。今日の暑さ、ヤバイよなー」


「う、うん。だねー」


 タオルで顔を拭きながら、水道を譲る君に、暑いのは気温のせいだけじゃないって心で抗議した。


 隣に立つな、隣に。

 私だって顔洗いたいのにっ。


「わぁっ!」


 なぜか焦って、盛大に吹き上げてしまった水のシャワーを、二人で同じだけ浴びた。

 なのに君は、気持ち良さそうに眩しく笑うんだ。

 

 だから、好き。


 キラキラ、キラキラ。


 慌てて蛇口をひねっても、君への気持ちは加速してしまう。


「バーカ、何やってんだよ。お前、タオルは?」


「あ、コートに忘れて来た……」


 今日から始まったテニス部の合宿。高二にもなって、初日から何やってんだろう。

 めちゃくちゃ恥ずかしい。


「しょーがねーな。ほら」


「……やっ、待って!」


 くしゃくしゃっと、綺麗に結ってた髪を適当に拭かれた。


 ウソ……。ウソ。

 これ、さっき、使ってたやつ?


 頭より、顔からタオルを外せなくなった私は、かぶったまま、ぎゅっと顔に押し付けて、「違ーう!」 って、今度は勢いよく引きはがした。

 目の前には、タオルを肩から掛けた君がいる。


 あ、だよね。

 よく見たら、色も違うし。


「お前、今日どうしたんだよ? なんか、いつも以上に挙動不審じゃん」


「いつも挙動不審じゃないから!」


「そうか?」


 お腹を抱えて笑った後、先に歩き出す君を、胸の鼓動が追いかける。


 だって、私の気持ちも、踏み出したい一歩も、絶対に届くことはないから。


「あっ、タオル。洗って返すから!」


「あー、じゃあ、マネージャーに返しといて」


 マネージャー……。

 って、もちろん、一年のあのコだよね。




 君が完全に見えなくなってから、私のTシャツを濡らすのは、別の雫。

 このタオルは、もう使えない。


「彼女のタオルなんて、貸すな。ばーか」


 いつか笑って、言えたらいいのに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夏のしずく 仲咲香里 @naka_saki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ