VariousBuster
O3
VariousBuster 1
空は塗りたくったように深い黒に染まっている。その一部をくりぬき空いた穴から昼の光が漏れたかのように満月が輝く。
月明かりが地面にうっすらと薄い影を作る。
寝静まった町の通りを二人の人影が歩いていた。
「一週間くらい平和だねぇ。この頃。ずっと続いてくれないかなぁ…」
継接ぎの体を伸ばしながらスリラーはあくびをしてぼやいた。退屈なようで何やら刺激を求めているようである。
最初見た時はその継ぎ接ぎだらけの体に誰もが驚く。
だが、自分自身の当たり前が他人の当たり前ではないのでそれは別に構わないとスリラーは思っていた。
「月がでてる夜は影もさほど活発には動かねぇからなぁ。けど満月を越えちまったら新月まではたぶんでてくるぞ」
ずれたマフラーを巻き直してノースが答える。
さほど寒い時期ではないのに彼の息は白く曇っていた。
二人はこの町のギルドの1つ、VariousBusterのメンバーの一部だ。
メンバーはそれぞれ2、3人のペアを組み、町の巡回にあたる。巡回は昼と夜の計2回である。
ギルドの主な仕事は軽犯罪の取締や報告。ちょっとした事件の証拠集めなんかもしていた。
だが、専門は「影」の討伐だった。
ただいま2人は夜の見回り最中である。
夜は昼に比べると仕事の量は少ない。
が、昼に比べると「影」の出現率は高い。
「月は太陽の光を反射して光るから日光を好まない影は出てこない……で、良かったっけ?」
「ああ、だいたいそうだ。ただ満月は魔力の威力を引き上げる効果もあるからな。出てきたときはたぶんいつもよりは強い」
スリラーは何を思ったのか月を見上げた。
彼女自身魔法は得意ではないので、その事はあまり関係なかった。
ただ、昔から満月の夜は悪魔がでるだのなんだのと言われているのを思い出した。
「どうした?」
ひやりとした手が、肩に触れてスリラー月から目をはなした。
「いや、昔から満月はどうのこうのってあるなーって思って。てか、君の手すっごい冷たかったんだけど」
「仕方ない、俺は雪男だ。」
スリラーが茶化すとノースはため息をついた。
言うとおり、ノースは雪男である。
体温がヒトより低く吐く息は常に白い。
一般的に氷魔法を得意とするが、ただノースは他より魔力が弱いのですこしの範囲でしか物を凍らせたりできない。魔力が弱すぎて人間と見られてしまうこともたまにあるらしい。
スリラーがそんなことを考えていると、彼がそれを察したのかたまたまなのかは分からないが、また白い息を吐き出してため息をついた。
ため息も白く目立つ。
「ため息つくと幸せって逃げるらしいよー。」
スリラーが茶化すもノースは無視をした。
スリラーは見た目から想像はできるだろうが、ゾンビに値する。
特徴とすればヒトより寿命が長く外傷で死ぬことはまず無い。
なかなか戦闘は長期化しやすい体質だ。
この雪男の他にも猫又、メデューサ、天使族、亜種といったさまざまな種族で世界は溢れ返っている。
このギルドの名前Variousも「さまざまな」という意味を持つ。
一応雪男の彼の手が冷たすぎるのも当たり前である。
だが、ことあるごとにそれを使ってスリラーはいろいろ茶化していた。
スリラーは自分と他人の違うところを探すのが好きらしい。彼女はノースのこと以外もよくこれを題にしてはなしている。
みんな違うということが面白いと、スリラーはそう思っていた。
そんな茶番をやっていると、物陰でなにかが動いた。
二人は一斉にそちらを振り向いた。
そこはごくよく見る路地であった。自分たちが今歩いてきた所よりも暗く、深い影を落としている。
気配は何も無いように思えるが、2人は警戒を緩めなかった。
「いるね」
「……ああ」
その物陰に向かって2人が武器を手に取り構えを取った瞬間。
影が大きく引き延びて分離した。
もはや、これは影ではない。分離した「物」は大きく膨らんで40㎝ほどの形のないものになった。
先程から2人が口にしていた「影」と呼ばれる魔法生命体だ。
見た目が真っ黒で形がない。
だから「影」と名前をつけられた。
詳しくはよく分かっていない。捕まえて調べようにもどこかに影さえあればそこに溶け込んでいなくなってしまう。
捕獲する方が格段に難しいので詳しく調べることができないのだ。
それがでてくるのにつられて細々とあとから5体ほど飛び出してきた。
先ほど「影」には形がないと述べたが、そうとも限らない。
現に目の前の影の中には犬のような動物の形をしたのが混じっている。
「中型3、そのうち動物型が1。あとは無形型」
スリラーは影の特徴を呟いた。
「いや、こっちからも出てきた。中が2大が1だ。全部無形」
影は他の生命体を取り込みどんどん肥大化する。その取り込んだものの形を形成することがあった。
対象は生きているもの全てだ。ヒトも勿論飲み込まれる。
きっとあれはその辺の野良の動物でも取り込んだのだろう。
「形は犬……っぽい?あれ?猫?ねぇー、あれどっち?」
「そんなのは後でいいわ!」
ノースが怒鳴った。
二人は影に囲まれる形で対峙している。
「そっち行ける?」
「……多分……。」
ノースは頼りなく答えた。
彼が抜いた刀からは申し訳ない程度に冷気が出ている。
ノースのこんな頼りない感じはいつものことだ。
元々彼は医者であって一応心得はあっても戦闘は専門外だ。
医者と言っても傷口を凍らせて無理やり止血してる時をたまに見かけるあたり多少ヤブっぽい。
向こうの影が先陣を切った。
スリラーに狙いを定めて、突っ込んでいく。
スリラーは身をひねりながら上へと飛び上がった。
自分の武器である斧を握り、影に向かって一撃を振り下ろした。
落下の重みが加わり影をまっ二つにした衝撃が地面を軽くえぐった。
切られた影は断末魔をあげて蒸発し始めた。影はこうして跡形もなく無くなる。
別の影が二つ。今度はノースに襲いかかった。
「わっ」
二つ一度にこられるのは意外だったのか、ノースは声をあげた。
咄嗟に持っていた日本刀をそのうちの一体に向かって突いた。
一体の影が串刺しになり薄く凍りつく。その串刺しになった影をもう一体の影にぶつけた。
「おらっ!」
ノースの気合いの声と共に、一体は大きく吹っ飛んで、もう一体も衝撃で刀から抜けて飛んでいった。
二体は壁にぶち当たって、そのまま蒸発していった。
「うっわ、液着いた。」
串刺しにした時「影」の体液(と、言っていいのかはよく分からない)が着いたようである。
これをごしごしと拭き取りながらノースはスリラーに声をかけた。
「別に落ちるからいーじゃん。」
水でも綺麗に落ちるので付着しても焦ることは無い。
「こっち残るは大だけだ。」
「おっけー。」
スリラーは大きく踏み込んで、向かってきた影に対して斧を大きくなぐいた。
スパッと一気に影たちは切られて、ぼたりと地面に落ち、断末魔も上げることなくそのまま次々と蒸発していく。
相変わらず斧の威力は凄まじいものだ。
スリラーは斧を担ぎ直してノースに向かってピースと無邪気な笑顔を見せた。
幼い子供のようだ。
ノースよりもスリラーは歳上であるはずなのに精神的な方では断然歳下なのだろう。
ノースがそれを見た直後、あのなかで一番大きな影から攻撃が放たれる。
ノースは驚いては攻撃を慌てて躱した。
「うわうわっ!!と、止まれ………!」
止まることなく次々と繰り出される猛攻にノースはひとまず避けるに徹することにした。
しかし、本来の仕事は医者である彼は運動はそこまで得意ではない。
なんとかギリギリで避けている状態だった。
歳のせいか息があがりはじめてくる。
「このっ……!」
反撃を試み、攻撃の合間を狙って伸びた影の一部に向かって一太刀を浴びせる。
ノースの放った刃が影の体に食い込んだ。
が、威力が足りなかったようで切り落とすことは出来なかった。
その時ノースは何かに気づいた顔をした後、焦ったような顔を作った。
日本刀そこから引き抜こうとするも固定されてしまったように全く動かない。
「お、重っ………い。」
運悪く日本刀がそこに引っかかってしまったようだ。
なんとか引き抜こうとするも彼の貧弱な体ではどうにもならず、日本刀は動きを完全に取られてしまった。
そのとき影がひっかかった日本刀を落とすため体を大きく振り始めた。
ノースもそのまま体を持ってかれた。
「う、うわっ、わっ!」
声を上げるのと同時にスポンと日本刀が反動で抜けて、日本刀を掴んでいたノースもろとも後ろへと振り落とされてしまった。
受身を取ろうとするも間に合わず、ノースは地面に叩きつけられた。
「何やってんの。」
スリラーが呆れたように笑い、後ろに振り飛ばされたノースと入れ替わるように前へ出る。
影が伸びて繰り出された攻撃を軽々と避けると、スリラーは大きく地面を踏み込んだ。
さっきよりも高く飛び上がり、大きく斧を振りかぶる。
渾身の一撃が影に向かって放たれた。
大きな衝撃音と共に影は真っ二つに両断される。
影は断末魔をあげ、じゅうっ、と音を立てて蒸発し跡形もなく消えていった。
「よし、終わりっ!」
スリラーは地面に刺さった斧を引き抜いた。
ノースは腰をあげて、ぱんぱんと砂を払った。
「いてて………腰が……。」
ノースは顔をしかめて腰をさすった。
「さっきのやつで?それともいつもの腰痛?」
スリラーが笑った。
ノースは今年で32歳になり、時折体の関節などが痛むようになってきていた。
スリラーは自分の年齢は数えなくなってしまったので今いくつかわからない。
「うるせー。」
ノースはむっとした顔をしながら、刃に着いた黒い液体を拭き取り日本刀を鞘に納めた。
「もうちょっと頑張ってくれないかなぁー、こう……。」
スリラーが身振り手振りしながら話している時、彼女の腕の肘腕あたりがぶちりとちぎれ、支えをなくしたそこから先がぼとりと地面に落ちた。
「あ。」
「うわ。」
腕が突然ちぎれるなど異常な光景でしかないのだが、2人は声を上げたものの微塵も驚いてはいなかった。
「またか………。」
ノースは呆れた。
「あはは、まただわ。」
スリラーも困ったように笑う。
ゾンビは人よりも寿命が長く、外傷で死ぬことはないのは先程述べたが、そのぶん人よりも少しばかり脆くこんな感じに突然腕がちぎれたりすることもあった。
最初は相当驚かれる。
「後でくっつけてね。」
「自分でくっつけろよ………。」
「だってこっち聞き手だもんー。」
スリラーは反対の腕で取れた腕をもってひらひらと振った。
糸で補強してくっつければ綺麗に元に戻る。
スリラーはこうなったとき普段は自分であるていど自分の体をチクチクと縫い合わせているが、今みたいに利き手がとれてしまったり縫い合わせにくいところはノースに頼んでいる。
「帰っても寝れないのかよ……。」
「ごめーん。」
ノースは眠そうに欠伸をした。
ふと、空を見ると東の空が薄く明るくなっていた。
今日の仕事はここまでだ。
もう時期夜が明ける。
2人はその空に背中を照らされながら薄くなっていく闇の中に消えていった。
VariousBuster O3 @shinnkirou36
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