あなたが好きな時は?

深海自由

0時-ぼやく男-

?「暑い…誰がこんな暑さにしたんだよ。誰得なんだよ。」

誰が答える訳でもない疑問を呟きながら、男は会社へ向かう。

6月前半、暑い時期が到来してまだ間もない頃だが、日差しは容赦無く地上へ降り注いでいた。男の短く切り揃えられたツンツンの髪の間から汗が滴り落ちる。



?「雨降ってないだけマシだけど、6月にしては限度ってもんがあるだろ…」

ぶつくさ文句を言う彼、神山啓一かみやま けいいちは、どこにでも居る普通のサラリーマンだが、少々口が悪いところがある。彼にとって辛口なぼやきは、日常茶飯事なのだ。



啓「やっと着いた…もう体力半分くらい使ったぞ…」

啓一の通勤時間は電車と徒歩を合わせて、45分弱。電車は多少涼しいが、ほぼ満員の車両の暑さは、サウナと変わらない上に圧迫されている。駅に着いてもそこから更に徒歩で会社に向かうのだ。



啓「毎朝毎朝こんな事してたらマッチ棒みたいな体になるよ…」

会社に着き、エレベーターを待ちながら、また呟いた。大体の社会人は毎朝やっている事だと思うが、啓一にとっては苦行という認識なのである。



?「何ブツブツ言ってんだよ神山」

そう言いながら、後ろから啓一の肩をポンッと軽く叩いてくる者が居た。

啓一が面倒臭そうに後ろを振り向くと、そこに居たのはよく知っている男だった。

その男は三神義晴みかみよしはる。啓一の同僚である。

銀のメガネを光らせながら、呆れた表情で啓一を見る三神が後ろに立っていた。



啓「おう、三神か。おはようさん。」

三「おはようさん。相変わらずぼやいてるのか?」

啓「うるせぇよ、この暑さが俺の口を悪くさせてるんだ。」

三「冬でもぼやいてるじゃないか。」

たわいも無い話をしながら2人の男はエレベーターが降りてくるのを待っていた。

彼らにとってはこれが毎朝の日課である。



チーン!

エレベーターが到着した音がフロアに小さく響いた。啓一と三神を含めた大人数がエレベーターの中になだれ込んでいく。

啓(暑い…2階で皆降りないかな)

口には出さないが心の中でもぼやく。人の多さからくる暑さによるものだろう。



チーン!

エレベーターの到着音が鳴り響く。途中、色んな人間が乗り降りをする事を繰り返しながら、啓一と三神の働く5Fに到着する。



啓「今日、昼休みまでの間に課長の小言どれくらい出ると思う?」

三「13くらいかな」

啓「えー、俺は20行くと思うよ」

三「じゃあ勝った方が昼休みにコーヒー奢りね」

啓「良いぜ、負ける訳ねーし」

オフィスに到着するまでの間、彼らはいつもしょうもない賭けをする。これも彼らの日課である。



そんな話をしながら今日も彼らはオフィスに向かって行く。

虚無感と隣り合わせで居ながら、いつも通りの勤めを果たす為に。



だが、啓一はまだ知らなかった。今日が、彼にとって大きな転機が訪れる運命の日である事を…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたが好きな時は? 深海自由 @AT-F

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る