領主の帰還

あれからまたしばらく経って。


「最近緩い。」とトイレで考えた。

もちろん、お腹周りのことではなくて監視とか監禁とかそのあたりの状態が劇的に改善したからである。

その証拠に、当初こそ部屋の中で壺の中に……という生活だったのが中庭にある離れの「臭い部屋」こと、トイレに特に監視や付き添いもなく自由に行けるようになったからである。


教育係も今日はいつものクフェリーグさんと交代のリヨビスさんになっている。

部下というか格が落ちるように見える男性で、女性には聞きにくいことも聞けるかもしれないという希望もあった。(もっと言葉を使えるようになればという話だが)

とりあえずは少し話せるようになったので気になったことをいくつか聞いてみようと思う。……まずはトイレから戻っての話だが。


帰ると、リヨビスさんはいつも通り、だらけているわけでもなく、緊張しているわけでもない自然な警戒状態になっていた。

ブルーレイのジャケットのようなおよそ地球ではありえない青髪は慣れてきたのか、やっと気にならなくなってきた。


「質問 良い?」

「質問 問題ない」


結構気になる食事のマナー。最初に招かれた時以来、毎回半分残しているが、さすがに毎回は気が引けるし、こちらの世界で拾われてからは常にお腹がすいていた。

生きるだけで割と精いっぱいみたいな世界で、しかも税金で食べさせてもらっているみたいだから気になる。


「食べ物 残す 問題ない か?」

「食べ物 残す 貴族 恵み 多い。 良い 人間。」


恵み多いの意味がいまいちわからない。質問を続ける。

しれっと貴族扱いされてるのはとりあえず流そう。

「恵み 何?」

「貴族 残す 食べ物 下の 人間 食べる。」

「わかった。」


毒味の逆というか、食事の量が異常に多いのはそもそも一人分ではなかったというところだろうか。

貴族には普通、お付きの人がいるので、その人たちの分まで含めての量なんだろう。

わかりやすい文字通りのトリクルダウンだ。

ここにはここのマナーというか常識があるんだろう。

何の理由か甘すぎて全部食べられない問題はひとまず解決した。


今すぐの問題は確認したので、現在および将来の展望を確認する。


「私 扱い どのような?」

「あなた 領主様の 〇〇」

〇〇はよくわからなかった、客なのか、奴隷なのか、はたまた婚約者なのかでなんととも違う結末が待ち受けている。


「〇〇 何か?」

「〇〇 お金 買う された 人間」

〇〇=奴隷で良さそうだ。ただ、基本的人権の思想がなさそうなこの世界に奴隷とは一口に言っても、古代ローマ式かアメリカ南部黒人奴隷かで全く違ってくる。

今現在は丁重に扱われていても情報を吸われて口封じもしくはラーゲリ送りされる可能性もある。

知識人扱いされたって、肉体労働をさせれらない理由にはならないのだ。


深く探る必然性も語彙もないため、とりあえず話を先に進める。


「私 〇〇 わかった。」「私 何を する 良い?」

「あなた 外の 遠く いいえ。」

予想通り、逃げるのはダメと。


「あなた 領主様 帰る 待つ」「もうすぐ 寒い季節 領主様 帰る」

「あなた 領主様 話す」「言葉 勉強する もっと」

思ったよりも追い風かもしれない。


この村の畑に関してだけでも32に収量の上がる方法を考えていた。

私は非力で無力な現代日本人かもしれないが、2000年以上の知識の武装がある。

この世界と比べてもおそらく1000年のアドバンテージはあるだろう。

身に着けた知識と方法は役に立つのだ。たとえそこが異世界でも。


近々の目標が定まればモチベーションも違ってくる。

ゆっくりとだが、確実に学習は深まっていった。

そうしてしばらくたったある日、ついに帰ってきた。

「寒い季節が来る。私はここに居る。」


領主様のご帰還である。



第一章 完

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