領主の家庭教師

これは何?

囚われ?の身となってから数日、領主殿は忙しいらしく、あまり館にいない。

フル装備の時はアーメットに隠されて、声もよくわからなかったが、意外にも女性だったクフェリーグさんがお付きの人となり、言葉の勉強の続きをすることにした。

なんせ、実家くらいの広さのある一室を与えられて、とりあえず衣食住には不自由してない生活である。夜は文明の明かりもないし、暇なのだ。


クフェリーグさんは栗色の髪に鳶色の眼、やや色白で、時々意味深に顔を近づけてこちらをのぞき込んでくる他は日本人基準でも割と普通の人なので、見た目や行動があまりにも異世界然とした領主殿よりはだいぶん見慣れた見た目なのでそういう意味でも助かっている。


村?にいた時にはわからなかったが、日の出、正午、日の入りには鐘が鳴る。

朝の鐘が鳴ったら朝食。昼食の習慣がないので、少し量が多い。

食休みの後、自室?で勉強。勉強と言っても、読むべき本もないし、今のところ木簡に削った鉛筆で書いて、残念ながら日本語でメモを取っているのが現状である。


私の覚えた言葉は庶民語、下手すりゃスラム街で話されているような言葉で、うっかり領主殿の前で話すと恥ずかしいどころではなく、関係者を巻き込んで物理的に首が飛ぶような可能性が高い。

私とあの家族との間でだけなんとか通じたピジン語化したこの世界の言葉を早くちゃんとした言葉に直す必要がある。

まずは自分のために、助けてくれたあの家族のために、教えてくれるクフェリーグさんのために、そして、文字通り自分を買ってくれた領主殿のために。

最初は、自分ひとり食べて良ければ良いと思っていたが、なんとかしてあの家族たちに恩を返したいのもあるし、煩雑な問題だ。とにかく、早く覚えねば。


1月(この世界では15日)ほど経って、基本的な単語を少し覚えられたので、再び魔法の言葉を試してみようと思う。

いつも通りの授業が終わった後に、質問をする。

「私、質問、肯定」

「私、答える、肯定」

許可が出たので、「感謝する」の動作をしてから割と白紙だった資格試験用のノートに黒いもじゃもじゃを書く。

すると、当然“これは何”が採取できるはずだ。

前回の“これは何”とは違うので、前回のを“これは何A”、今回を“これは何B”として、改まった会話では今回の“これは何B”を使うことにする。


次の日、わからないところを“これは何B”と聞いたら明らかに困惑され、少し不機嫌になったようだった。

その次の日、またしても問題が起こり、ついに3日目にして偶然か必然か領主殿のおでましとなった。


北欧家具店に売ってそうなシンプルなテーブルに用意されたお茶?とお茶菓子を前にこれまたシンプルな、しかしささくれや尖った所にはきちんと仕事をしている椅子に座った三人がいる。

私とクフェリーグさんと、領主殿だ。

領主殿は今日は以前あった時とは違って、カジュアルというかラフに見える服装で、幸いにも帯剣はしていない。

つまり、今日は話を聞くだけで済ませてくれる可能性が高い。


クフェリーグさんから事情と状況を再度細かく説明されてなのか、しきりにうなずく領主殿。突然、お茶菓子を床に捨てて踏みにじった。

その時、クフェリーグさんが出した言葉で私にも理解できた。

“これは何B”は“愚かなことを(もったいない)”という意味だったのだ。


すれ違いを理解できた2人を置いてニヤニヤしている領主殿はその聡明なる頭脳をもってそのままの勢いで木簡に黒いもじゃもじゃを描いた。


私は請われたままにこう答えた。

「これは何?」

領主殿もこう答えた。

「コレハナニ?、肯定、“これは何?”」

こうして、この世界の言葉と日本語ははじめて正しい理解の道へと歩み寄った。

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