heisse

あれから3,4日。特に何も変わりはない。

水くみをして、雑草を抜く手伝いができるようになって。

「ただいま。」というと小さいの達は手を洗うようになった。

そんな代わり映えのない日常に向上心とお金、物資が奪われていくのが嫌だった。


そんなある日に突然、彼女は現れた。

のちに“伯爵”と判明するその人である。


いつものように農作業をしていたら、遠くから動物に乗ってこちらに向かってきているらしき人物がいた。

豚に乗っているらしき女性っぽい人だ。

平和な村を豚足で駆け抜ける。

「チマグー」と(娘)は言っている。

収斂しゅうれん進化という奴だろうか、ヒトがヒトとして生きている世界なら哺乳類の動物も姿かたちが似ていて当然なのだろう。

たまたま人間の乗れる動物が豚だったというだけで。

とりあえず、豚=チマグーは確定した。


駆け抜けたと思っていた豚足はUターンして帰ってきた。

今日はツナギの日なので、青系の色がこの風景では目立つのだろうか。

下馬?して近づいてきて騎士が叙爵じょしゃくを受けるようなポーズをとる。

こちらも同じポーズをとり、その後、手を取り助け軽く引き上げる。

燃えるようなピンクの髪に、ナポレオンが着てるようなごてごてした飾りの多い服に

に、きれいな刺繍と飾りリボン。

そして、色々と大きいのでかがんでいると見えそうになる。


乗り物もそうだが、このあたりに住んでいる人間とは身分が違うことは間違いない。

「決めるならこの人かな?」と内心で思い、決断を保留する。

気が付いたらいつの間にか(母)と(息子)も集合して跪いたまま(当然この偉そうに見える人よりも低い姿勢で)何かを言っていて、この偉そうに見える人はなにかかにかべらべらと友好的にしゃべっている。

偉い人は偉い人で大変なのだろう。

そして、また叙爵のポーズをとりついに名乗ってくれた。


「“私”、レビィ・サンテス・ポンサーノ・ヌーラワジ。」

「“私”“呼ぶ”“人”、肯定、むにゃむにゃ、ヌーラワジ。」


ヌーラワジがこの偉い人の名前なのはほぼ確定だから、むにゃむにゃ部分は“私は人から呼ばれている”=ドイツ語で言うとheisseだ。簡単に“名乗る”としておくか。


偉い人の言葉に肯きつつ、こちらも名乗り返すことにする。

名前に関してはこの一週間ほどで偽名を使うことは確定していた。

魔法があるらしい世界でもし

どんなデメリットがあるかわからない。


当座のところ、地球に帰ったら食べたい果物と同僚の名字を足した感じから「藤村稔」と名乗ることに決めていた。

考える時間だけはあったからね。


「“私”、普通の会社員の藤村稔、“名乗る”フジムラ。」

「“私”、ヌーラワジ、“来る”“うれしい”。」


ヌーラワジ殿は“うれしい”に対して左手を手のひらを見せたまま指を揃えて上に向けて前に出し、まっすぐ下に下げるというジェスチャーで答えた。

これは“感謝する”とでもしとこうか。

多分上流階級の動作だ。覚えておいて損はない。

相手の“感謝する”に対しこちらも“感謝する”と返す。

飾り気のない会話もそれはそれでいいものだが、時々は「お上品な」会話だって悪くはないものだ。

それも、このヌーラワジ殿は結構な身分に見える。


悪く思われていないなら就職先として現在のところ最有力候補である。

異世界に来ても殺したり殺されたりのない、それでいて、一国の命運を握ったり、失敗したら物理的に首が飛んだりしないサラリーマン的な職場が良い。

これぐらい偉い人なら身元不明の異世界人の一人や二人くらい飼ってくれる余裕があるだろう。能力を買ってもらえればなお良い。


どうやら、滞在時間がそろそろといったところらしく、何か言い訳めいたことを言ったような感じで慌てて乗馬?して、ヌーラワジ殿は来た時と同じように豚足で駆け抜けていった。

ちょっとしてから三騎?の豚が兵士を乗せて、(母)に何か聞いたと思ったら慌ただしく豚足で走り去っていった。


いわゆるお忍びという奴だったのだろう。

予想が正しければ近々お呼ばれがあるはずだ。

その時までにはきちんとしておかないと。


そういえば、この家族の前で名乗ったのは初めてだと、ヌーラワジ領主殿?が帰ってから気が付いた。

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