夜、もがく
別段とやることも無く寝ることにした夜。
異変は起こった。
みんな寝静まっている夜。
寝苦しくて起きた。
人の気配というか、なんか重たい気がする。
昼間に匂った花のような香りもする。
誰って一人しかいないよな。多分。
大人の女性だからか、きちんときれいにしている。
というのはこういうことだったのか。
人妻もしくは未亡人の色香というものか、顔がやたらと近い。
子どもたち2人が寝静まっているという背徳感もある。
粗末な寝具は体温を遮るには薄すぎて鼓動が伝わる。
やがて、手が私の下の方をまさぐって、乱暴なのか痛気持ち良くなってくる。
人妻+背徳感+痛気持ちいいで、ここまでくると普通の趣味に戻れなくなってしまいそうな感じになっている。
しっとりとした愛撫も一段落し、いよいよとなったときに天にも昇るような感覚を覚えて思わず突き飛ばした。
「いたいたいたいたいたい、痛い痛い。はぁーっ。」
「もげるもげるもげ、ふぅーおっ。ほぉぅ。」
もげるというか千切れそうな感覚だった。
ヴァギナ・デンタータかよ。
昇天するかと思うほど痛かった。
なんというか、打った時の痛みのまま握って千切ろうとしている感じの痛さである。
契ると千切れるのかよ。
「はぁーおっ。ほぉう。ふぅ。」
必死の体で両手を股間にあて、否定。
そのまま、前のめりに倒れる。
久しぶりのキスの相手は床だった。
ちょっとじゃりっとした。
しばらく時間が経ってもまだそこにいてくれたことに安堵し、会話を試みる。
カマキリやクモのメスとの違いは会話ができることだ。
もっとも、マヤだかアステカだかの神に生贄を捧げる文化の場合は、捧げられることが名誉という考え方もあるので、断れないかもしれない。
その場合は死ぬ気で逃げるのみ。
敬われていたのでなく、死刑囚の前にご馳走を出しただけなのかもしれない。
再び、両手を股間の前にやり、否定。
小銭入れから
不思議そうな顔をされたので、もう一度。
とりあえず、今夜は引き下がってくれそうだった。
少なくとも、ヌーラワジ(母)とは二度と一緒に寝ないぞと決意し、世の女性はこんな痛みと恐怖と理不尽を抱えながら生きていくのかと切なくなった。
月が人を狂わせたと、そう思っておこう。
翌朝、日課の水くみが終わって帰ってくると、外出禁止を言い渡された。
つまり、私、外、否定。である。
昨夜の件で怒らせてしまったかと思ったが、どうもそうではないらしい。
なので、5枚目となる
お母さん子である(息子)といっしょに行くようである。
朝食を済ませて、食べ物っぽいものを持って2人は出ていった。
私は(娘)といっしょにお留守番だが、昨夜の一件から5~6年待ってどうこうという気もすっかりなくなってしまった。
何も知らないままにこちらの世界の人間に手を出すのはリスクが高すぎる。
(母)がどういうつもりで昨日やってきたかは知らないが、主導権を完全に握られたのは間違いない。
その代わりに、よそよそしいところが少しなくなってきたのも悪いところばかりではない気がする。まだ痛いけど。
というわけで、お留守番組2人では土いじりができないので、やむなく昨日の続きとなった。今日は木のフォークと、お箸を作ろう。
それから、単語を少しでも覚えよう。
要領は覚えたので、メモ帳を節約するべく木の棒で地面に絵を描く。
「“これは何?”」と聞く。覚える。
ほとんど一日がかりで前後と上下左右もなんとなくわかるようになった。
木のフォークは2つしかできなかったけど、小さき者どもに与えて進ぜよう。
夕方、2人が買い物から帰ってきて、水くみに出る。
お金は使えば減るが、健康と時間があれば労働は提供できる。
マルクスが言うところの「自然」から価値を提供できるのだ。
残念ながら現代人である知識はこの世界では無価値かもしれないが、ここにいても良い理由くらいは自分で作らないと情けないじゃないか。
いつまでもここに居られるわけじゃないんだから返せるうちに返しておかないと。
今日の夕食はアフリカ料理のクスクスみたいなのと、なんと肉の入った塩味の効いたスープとくたくたに煮た野菜らしきものだった。
やっぱり妙に甘かったが、お互いの理解が深まりそうな味だった。
その夜は特に何も起こらなかった。
どうでもいいことだが、ほとんど半月に近い夜だった。
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