魔法の言葉で…

帰って水瓶に水を入れる。この分だともう一往復で十分だろう。

帰りがけに川に行けそうな道があったので、明日は洗濯もできそうだ。

二往復目も無事終わり、もう出なくて済みそうなので再び「ただいま。」

手を洗うヌーラワジャ(娘)と(息子)たち。

完全にパブロフの犬である。


風呂は……あきらめるとして、夕食の分くらいはありそうな水くみが終わったので、作戦を実行することにする。


ようやく手持ち無沙汰になった(娘)にメモ帳を見せる。

ちょっとした計算違いで、この時点で相当喜ばれる。

なるほど、紙も字も無い世界の住人だったか…。


ボールペンでメモ帳に黒いもじゃもじゃしたものを描く。

すると……「“これは何?”」という単語が取れました。

これさえ分かれば後は簡単。

知りたいものを指さして「“これは何?”」と聞くだけ。

ぽぽぽぽーんってな感じで言葉がわかってしまうのだ。

1回で覚えれなくても2回3回と聞き直せるというメリットもある。


かの柳田國男がアイヌの地で使ったとされる手法である。

勝ったな。(作者注:正確には柳田國男でなく金田一京助)


外の茂みを指さして、「“これは何?”」「“茂み”」

(娘)を指さして「“これは何?”」「否定、ヌーラワジャ。」

魚を描いて「“これは何?”」「“魚”」

豚を描いたときは「“これは何?”」「チマグー」

珍しく、はっきりと発音が聞き取れた。

豚は「チマグー」らしい。発音は地魔偶を↑↑→みたいな発音だ。

身近にいる生物かもしれない。覚えておこう。


今のところ、「“これは何?”」作戦は完璧である。

目に見えるものの名前はだいたいわかるようになったのである。

不可知論者ではないが、概念的なことには弱いのが残念ながら、ずいぶんと文明人に近づいたと言える。

この一歩は異世界にとっては小さな一歩だが、私(地球人)にとっては大きな一歩である。(後ろに続く地球人は今のところいないが。)


これで大きな見落としさえなければ単語がどんどんわかるはずである。

英語の授業だって疑問文は What is this? みたいなのから習ったじゃないか。

質問というものは無数の扉を開ける魔法のカギみたいなものだ。

必ずしも全てを知る必要はないのである。


3歳児レベルの言葉遊びをしていると、ご飯の用意ができたらしく、(娘)に手を引っ張られて食卓?に招かれる。手はきれいになっているので、前回抱き着かれた時ほどの不快感はない。私があまりにも「“これは何?”」と聞くからお姉ちゃんぶってるのかもしれない。


招かれた食卓は高級リンゴの木箱を逆さにしたようなものだった。

まあ、テーブルとか椅子は値段もだけど、高い技術がいるから仕方ないよね。

この辺りでは専門の家具職人が暮らしていける余裕もなさそうだし。


食事の前にお祈りのようなことをしているので真似る。

お祈りが終わって、いざ食事。

粗末なくたくたスープとかちかちパンのようなものなのだが、どっちをどのタイミングでどれだけ食べて良いかわからない。

量は少ないけどおかわりしても大丈夫なのか?

牽制けんせいしあっていたが、ついに我慢しきれずにくたくたスープを木べらのようなものでかっこむ。スプーンやレンゲのようにすくう部分が付いてないからどうしてもこういった食べ方になってしまう。

すると、(母)も(娘)、(息子)も食べ始める。

客人が先に食べるというのが一つのマナーの様だ。


薄い塩味のスープは野菜?の甘みが効いていて甘かった。

それだけじゃない隠し味もあるかもしれないが甘かった。

かちかちパンはそのままだと固いのでスープに浸してから食べた。

ふやかすと思ったよりも分量が増え、満腹感はあった。

「ごちそうさま」

3人はぽかんとしている。食後に何かする習慣はないのかもしれない。

もう一度手を合わせて

「ごちそうさま」をすると、真似られた。

食に対して感謝をする気持ちはやはり人類共通の物なのだ。

感覚的には朝食、腹時計ではブランチとなる食事は終わった。


食べ終わった食器(とはいっても木の椀と木べら)を(母)に渡す。

近づいたときに不意に花のような良い香りがした。

(娘)とは違って大人の女性だからか、きちんときれいにしている。

これが人妻もしくは未亡人の色香というものか!

ちょっとくらくらしながら離れた。


食休みが長いという習慣なのか、なかなか動こうとしない3人を見かねて、その間に私服に着替えて洗濯をすることにした。

仕事柄、下着の替えは常備していたので良かった。


脱いだ服を持って、外を指さし、洗濯のふりをするとギザギザの板を持ってきてくれた。やはり、(娘)とはなんとなく話が通じているようである。

昔話よろしく、川で洗濯をして、帰って適当に干して、外の畑で3人が地面に手を当てて何かをしているので手伝おうとする。


特に手伝えることがなさそうなので、顔の作りの良い3人を横目に美人は得だなあと思いながら4人分の木のスプーンを作ることにする。

労働時間が終わるまでに15個くらいの失敗作とともに6個の完成品ができた。


日の暮れる前に家に帰り、夕食の片付けを済ませたら、明かりもやることも無いので、早く寝ることにする。



そんな夜に異変は起こった。

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