手を洗おう

家に帰ったら手洗い、うがいをしよう。

きっとナイチンゲールだってそういうに決まってる。

なんせ彼女は統計が使えたんだから。


母親の方はともかく、娘の方はあのべたべたの擦れば垢が出るような手できっと料理を手伝って、そしてその料理を食べることになる。と。

いくら離れて見ていればかわえぇとは言ってもそういうプレイは断固としてお断りいたします。


異世界とか置いといて、おなか壊すだろ。


住処に帰ると三和土たたきのところに水瓶みずがめがあった。

出る時には気が付かなかったな。


粗末なふたとひしゃくのようなものが刺してある。

ヌーラワジ(母)にひしゃくを指さして水をすくう真似をする。

使用許可は出たので、手を洗う。

(私が敬われているらしいことと家の物の使用許可を得ることは別の話である。)


母親の方はともかく、娘と息子は不思議がっている。


もしかして、この世界ってのか!?

公衆衛生って近代の概念なんだね。ほんと。


“前に”という言葉がわからないので手を洗う、食べる、飲むの動作を繰り返す。

母親は首肯して料理の支度をしに行った気配。

違う、そうじゃない。ご飯を催促したわけじゃない。

と、思ったけど、朝ご飯時だし、そのための水くみだから良いのか。


なので、ヌーラワジャ(娘)と(息子)に説明をする。

「“食べる”、手を洗う、否定。手を洗う、“食べる”、肯定。」

実演もする。


ちょっとだけ外に出て、「ただいまー」と言って、手を洗う。

そして、食べる動作をする。

ヌーラワジャたちはこくこくと肯いている。幸い、伝わったみたいだ。

(ヌーラワジャがヌーワラジの小さいの。の複数形である可能性は今は無視する。)


コップに水をいで飲む前に、(息子)の肩をぽんぽんして、前を隠す動作をする。つまり、尿意を感じたのだ。

昨日のようにその辺の茂みにってわけにもいかないので、聞いてみた。

今回はすんなりとわかった。家の前の樹を指さしたのだ。

やっぱり、この辺は人類共通でよかったね。

外に出て樹の方に向かう途中で田舎の香水の香りがする。

硝石とか肥料の取れそうな匂いである。

大きい方も聞かなくて大丈夫になったかもしれない。


小用を済ませて、もう一度「ただいまー。」そうすると、ヌーラワジャたちが手を洗いに来る。うんうん、君たちは今洗わなくてもいいけど、いいことだよ。

水を飲むと、さっきのアメの影響か、甘い。

改めて飲んでもやっぱり甘い。富士山麓とか六甲の水みたいに文明に汚染されてないと水は甘いのかもしれない。まさに甘露というか上善如水じょうぜんみずのごとしというか。

せっかくの異世界なんだから、良かったところ探しでもしないとすぐに気持ちが死んでしまう。

今日の良かったところは「異世界は水がうまい」ということにしとく。


さて、(息子)は母親の方に行ってしまったから(娘)と2人になった。

別にどうこうしようという気はない。

近いと匂うし。ドレイの服みたいな服だし。


まあ、悲しい話は置いといて、(娘)に案内してもらって水くみを手伝わないと今日の食事をする資格がないと思っただけだ。

よく誤解される「働かざる者食うべからず」であるが、これはとセットであり、例えば、昨日こっちに来たばかりの私はそういう状態だった。しかーし、今日は違うのだ。

言葉がちょっとずつ通じるようになる。わずかな量だが、この世界でも通じるお金が払える。雨風しのげる屋根と帰る場所がある。

などなど、割と良いスタートなのだ。手伝いくらいしないと罰が当たるだろう。


方針が決まったので用意をする。リュックの中身をざっくりビニール袋に移して口を軽く縛る。念のため、ナイフをポーチに携帯して、空のリュックを背負う。

水くみは重労働だ。3人で2つの木桶だから、背負えば1人で2つ持てないことも無いだろう。もし、途中に良い棒があれば天秤を作ればだいぶ楽になるし。

三和土で水を移していた(娘)がちょうど作業が終わったらしく、用意が整ったので木桶を両手に1つずつ持ち上げて、その後、外を指さす。

なんとなく伝わったので後ろをついて歩く。リュックに入るサイズの桶でよかった。


水瓶の大きさからすれば二往復もすれば十分だろう。

手伝いをしながらだと言葉も少しは身に着くかも知れない。

人間の世界においてOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)は変わらず有効なはずだと信じていける土台が欲しい。

それに、言葉に関してはがある。

全ての扉を開けることができるが。

仕事が終わって暇になったらそういった話?も切り出しやすいだろう。


さて、異世界で最初のクエストに出発しようか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る