異世界の長い午後

太陽の下で見たスーラワジ(仮)ははっきり言って美人の部類だった。

日に透ける薄めの銀髪に金色の目。

生活に疲れた陰のある感じがまたいっそうそれらを引き立てている。

後ろにいる気配から考えておそらく子持ちであることを差し引いても……うひょー、異世界美人だぁ!

と、テンションを上げるには十分なお顔立ちだった。


十分な睡眠と昨日飲んだり食べたりした水と食料のおかげで美しいものを見て喜べるほどには回復したということだ。


さて、ということは後ろに隠れたのが娘ならワンチャン。


ほどなく後ろに隠れていた2人が出てきた。


活発そうな好奇心旺盛な娘?とおどおどして気の弱そうなこちらを警戒している息子?である。

娘は見た目が10歳から12歳くらい、それよりも年下に見える息子の2人で、ちょうどデコボココンビという感じである。


ヌーラワジ(仮)が何かを言うと3人して跪いた。

そこまでしなくて良いよの意味を込めて舌打ちを2回してヌーラワジ(仮)を優しく引き起こす。

ちゃんと伝わればいいな。


娘と息子には……どうしよう、こういう時はアメちゃんに限る。

歳の順に母親、娘、息子と起こし、それぞれ手にアメを持たせる。

まず、自分の手のアメを指さし、自分を指さす。

娘のアメ、娘。息子のアメ、息子。

母親には今回は我慢してもらう。

自分の分のアメを口に入れると、娘がおあずけからヨシをもらった犬のような速さでアメを食べる。

「甘っまーい、食べてみなよー。」

とでも言っているのだろうか、息子に向かって何かまくし立てている。

大変ほほえましい光景である。

そして、突然誘導ミサイルのように娘が抱き着いてくる。


うひゃー、ご褒美の異世界ロリだ!やったー!

と、テンションが上がったのも束の間。


なんというか、異世界とはいえ女の子にこういうのはよろしくないと思うんだが、えた匂いがするのだ。

手はどろどろだし、髪にはつやが無い。

代わりに水面に油膜が張っているようなべたべたした装いはある。

なんかとっても悲しくなってきた。

せっかく素材が良いんだからきれいにしたら化けると思うんだけど残念でならない。

もう一つ気が付いたことはみんな裸足だった。


と教育されているのでなかなか気が付かなかったのも無理もない。

家の中がじゃりじゃりするのも仕方ないことだ。


寝起きの頭もようやくさえてきて、少し落ち着いた。


いい感じに冷静と情熱の間の感情になったので、優しく娘と距離をとると母親の方と話をすることにした。


ヌーラワジ(仮)の真偽を確かめる時が来た。


失礼を承知で母親の方を指さして

「ヌーラワジ“肯定”」

自分を指さして

「ヌーラワジ“否定”」


意図を理解してくれたのか母親は黙って肯く。

どうも肯く方がより丁寧な作法らしい。

さっそく今回から使ってみよう。


で、次に娘と息子を指さして

「ヌーラワジ?」

と2回聞く


確定名ヌーラワジ(母)は少し考えて

「ヌーラワジャ」と2回答えた。

ヌーラワジの小さいの。

みたいな感じだろうか。

人名も活用して変化するのか。

なるほどなるほど。

何もわからん。

わからないことを知っているという「無知の知」という意味でなくわからん。


疑問形の作り方が語尾を上げるという地球と同じってことがわかったのが大変な収穫

だからわからんとは言ってもましな方か。


なので、続ける。


地面を指さして腕を上げ、ぐるりと一周して聞く。

「ヌーラワジ?」

母親は困惑している。

聞き方が悪かったらしいのでもう一度。

地面を指さして、両手を大きく広げて聞いてみる。

ちょうどラジオ体操の大きく息を吸い込んでのポーズだ。


母親の方には通じなかったが、娘の方には通じたらしい。

しきりにこくこくと肯いている。

離れてみてれば本当にかわえぇ。5~6年待って……という方面よりは今すぐ娘に

したい方向性でかわええ。

今度からはこっちにも聞いてみよう。


この村?このあたりの土地?がヌーラワジらしい。

ということは当然地主だかのヌーラワジさんがいるわけで、寄らば大樹の陰。

ここにいつまでもお世話になっているわけにもいかないし、偉い人なら私を雇ってく

れるかもしれない。この世界における私の価値を認めてくれるかもしれないのだ。

(ほぼ等確率で会ったら斬首されるという可能性もあるかもしれないが、このまま行

動を起こさずに飢え死にするよりはずいぶんとましな選択だ。)


母親の方にお礼の意味も込めて10円(銅貨)を握らせて、4人でいっしょに住処へ帰る。

まだ心を許されてないのか、謝礼が効いたのか水の入った木桶は持たせてくれなかった。



こうして異世界初の短い短い冒険は終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る